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礼文島の岬と山を歩く──四時間コース・礼文岳・スコトン岬など 1/6

2014年9月(2014年10月公開)

利尻島から礼文島へ渡る

 朝まで暴風雨だったのに、1000すぎに突然晴れた。居心地のよかった沓形キャンプ場を離れるのは名残惜しかったが、利尻を出て礼文島に渡ることにした。

 現在の利尻島の表玄関は鴛泊だが、9月までは沓形からも礼文島行きのフェリーが運行されている。

 沓形港は、キャンプ場のすぐ裏にあった。乗船手続きをして待機場所へディフェンダーを移動させると、誘導係のおじさんがやってきた。以前に関東に住んでいたと言い、夏の京葉道路の渋滞がいかにひどかったかという思い出話を聞かせてくれた。そして「ひとり? 奥さんは?」と訊く。いますが今回はひとりですと答える。するとおじさんは、ニヤリと笑った。明らかに、ぼくの言葉を信じていない。またまた見栄張っちゃって、とでも言いたそうだった。「じゃ、こんどは奥さんと一緒に来てくださいよ」と言いおいて去って行った。

 ハートランドフェリーでは、車はバックで乗船させることにしているらしい。車両甲板はこの状態。ディフェンダーのほかは観光バスが一台きりだった。搬送車両2台のため、天地左右中央のような位置に止めさせられたというわけだ。

 ちなみに、フェリーのチケットは、あらかじめまとめて稚内で購入済み。そのさい「三角運賃で」と言い添えると、たとえば稚内→利尻→礼文→稚内というような周遊ルートで購入できる。日にちや便は、空きがあればあとからでも変更可能である。

 団体さんがいるためか、客室のほうはそこそこのにぎわい。船は定刻にとくに案内などなく出航した。

 沓形の岬が遠ざかってゆく。利尻はすっぽり雲に覆われている。切れ長の目のようにどこまでも伸びた裾野がうつくしい。

 40分ほどの航海で、あっというまに礼文島の香深港に到着した。

最北限のスコトン岬へ

 とりあえず、この日は礼文島内をディフェンダーで走ってみることにした。

 まずは道道40号を北へ向けてディフェンダーを走らせる。船泊で左折して道道507号に入る。その道の尽きる岬がスコトン岬、香深港から27kmの地点である。

 ここも二十数年前に一度訪れている。そのときは、有名な桃岩荘ユースホステルに泊まり、これもまたよく知られた「愛とロマンの八時間コース」というのを歩くために、その出発点として送りこまれた先がスコトン岬だった。もっとも、当時の記憶はかなり曖昧になっており、断片的にしか覚えていない。

 いまのスコトン岬は、立派な観光地である。駐車場が整備され、売店兼レストハウスが営業中だ。魹島をのぞんで、記念撮影のためのスペースが設けられている。

 岬の直下に民宿がある。

 それなりに観光地化してはいる。だが、そうはいっても、ここは礼文島だ。観光バスさえ来なければ、あとは風の音を聞きながら、海をながめていればいい。

 最北端ではなく「最北限」を標榜しているのは、宗谷岬のほうが地理的に高緯度にあるからなのだという。雰囲気のうえでは、明らかにこちらのほうが「さいはて感」満点なのだけれど。

 スコトン岬には、けっきょく滞在中毎日足を運んだ。雨のときもあれば、曇りのときもあった。風はいつも轟轟と吹いていた。

桃岩と桃岩荘、そして元地と地蔵岩

 来た道を、また香深方面へ引きかえす。礼文島はとくに西海岸の地形が険しく周回道路がない。北端のスコトン岬から南端まで東海岸を走る道道507号と40号を往復するほかない。

 香深から右折し、道道765号に入る。山を越えて西海岸の元地までゆく道である。ここも新しいトンネルが掘られていた。完成すれば一気に東海岸まで抜けられるのだろう。現在の道は山越えである。8月下旬の大雨で土砂崩れなどの被害が甚大であったらしい。峠の桃岩トンネルは工事中だった。

 トンネルを抜けると、西海岸だ。すぐに左折して細い道に入り、猫台桃台という展望台へ。

 この先をくだっていった浜辺に、きわめて熱狂的なファンのいることで(一部に)知られる桃岩荘ユースホステルがある。8月の大雨被害の影響で、建物はぶじであるものの休業中、立入禁止であった(その後9月22日に再開したとのこと)。

 桃岩荘は、かつての(1970年代ごろの)ユース全盛期をそのまま動態保存したようなところである。いまも往時と変わらず、ヘルパーが宿泊客と一緒に踊ったりうたったりするミーティングをつづけており、フェリーの見送りも同様に盛大にやっている。つまり、ある種の「参加体験型」なのであり、その点でディズニーランドと通底してもいる(詳しくは拙著『ディズニーランド化する社会で希望はいかに語りうるか』をご参照ください)。

 近年、テレビ番組でもとりあげられたためか、一般にもそれなりに知られるようになった。70年代的な意味でのユースが時代にそぐわなくなったといわれる一方で、若い世代にも桃岩荘にハマるひとがいるのだという。沓形で会った若者も、そのひとりだった。桃岩荘がすっごく愉しかった、来年はヘルパーをしてみたいと話していた。

 猫台桃台からのぞむ桃岩。みごとに桃の形をしている。

 西海岸のこのあたりは、屏風か衝立のように岩が屹立しており、人間はその下のほんのわずかなスペースに住まわせてもらっているような印象である。

 元地の集落の奧まで行ってみた。地蔵岩が見える。この先は自動車進入不可。いや人間も立入禁止らしい。

 ぼくが歩いた二十数年前の八時間コースは、最終的に海沿いの道のないような岩場をひいひい言いながら歩いてきて、この地蔵岩のところへ出て、桃岩荘へ帰還した。しかし危険だということで(まあ実際そうだろう)、現在はここを通らないようにルートが変更されている。途中の宇遠内から島を横断して東海岸の香深井へ出るのだそうだ。

 また山を越えて香深まで戻る。

 香深から、こんどは道道40号の最南端の行き止まり地点まで行ってみた。

 利尻島が目の前に見える。

 イタチ(?)が道を横切っていった。

 この日は香深で礼文島唯一の日帰り温泉「うすゆきの湯」に入り、やはり唯一のセイコマで買物をして、船泊まで戻り、久種湖畔キャンプ場に泊まった。

 夜半から天候は荒れた。猛烈な西風が吹いてディフェンダーの車体を揺らし、時間帯によっては激しい雨が車体を叩いた。

 翌日の予報は昼まで雨、午後曇。この先数日は悪天候が続くという。ばあいによっては明日早々にフェリーで稚内に戻るという手もありうるかなあと、ぼんやり考える。