註:このページは旧サイト「子づれ散歩旅の絵本」(2004年にいったん閉鎖)のものです。現在は「さんぽのしっぽ」の一部として組み込まれています。アーカイヴを目的に復活させたため、その後のアップデートはおこなっておりません。当時のサイトURLは現在は有効ではなく、一部にリンク切れもあります。どうかご了承ください。
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散歩旅のもくじ


2000-2002

2003年の日誌へ
 
2002年
 
 December 29, 2002──とうとう2002年もおしまい。9月以来ぜんぜん更新できず、各方面よりお叱りをいただいた。まことに申しわけない。年内駆け込みで、子づれ散歩旅フォト・エッセイ「筑波山と温泉」の残っていた3章のアップをはたした。夏の東北の話はこれから。12月には牽引免許を取得しに16年ぶりに教習所に通ったので、その話も書くつもりだ。来年はもっと頻繁に更新できるよう心がけます(と去年も書いたような気がするけど)。みなさんもよいお年を!

 September 14, 2002──米国ナショナルジオグラフィック協会の発行している子ども向け動物・科学雑誌「ジオ・ワールド」の日本語版サイトが当サイトを紹介してくださった。当サイトのリンクにも追加した。

 September 4, 2002──あっというまに8月がすぎ、竹内まりやの名曲が思い出される季節になった。この間、お盆休みにステッピーで東北へ行った。北海道へ行くつもりだったのだが、陸走ではとても無理だった。しかも雨ばっかり。そのときのようすは「東北キャンプで散歩旅」としてまとめる予定。
 さて、新しい子づれ散歩旅フォト・エッセイ「筑波山と温泉」のアップを開始した。春のGWの話で、文章も写真もだいぶ前に用意できていたのだが、レイアウトをする時間がなかった。ようやく日の目を見ることができた。なお、このエッセイの写真は、いつものEOS100にリバーサルフィルムの布陣ではなく、IXY300のデジカメを使用してファインモードで撮影したものだ。

 August 3, 2002──学研の運営している、乳幼児から小学生までのお子さんをもつ親御さんむけの月刊情報サイト「はなまるきっず」と「保育のもり」が、当サイトを紹介してくださいました。具体的には、「はなまるきっずママ&パパサークル おすすめリンク集」または「P'sスクエア-家庭向けリンク集」のサブカテゴリ「子連れ旅行」にて紹介されています。直接リンクはこちらこちらに張っておきました。

 July 3, 2002──前回の更新から1カ月近くあいてしまった。この間にサッカーのワールドカップが始まって終わった。やれやれ。
 さて今回、子づれ散歩旅フォト・エッセイ「当麻から島牧へ──早春の北海道を駆ける」の第5章をアップした。これでようやくこのエッセイも完成。つぎに掲載予定のエッセイも原稿だけは書きあがっているのだが、写真を選んでスキャンしたり、見出しをこしらえたり、レイアウトを案配したりと、完成までにやたらと手間がかかる。もう少し省力化できれば、こまめに更新できるのだけれど。

 June 8, 2002──子づれ散歩旅フォト・エッセイ「当麻から島牧へ──早春の北海道を駆ける」の第3章第4章をアップ。各ページに旅のルート図へのリンクを付した。

 May 27, 2002──新しい子づれ散歩旅フォト・エッセイ「当麻から島牧へ──早春の北海道を駆ける」の第2章をアップ。

 May 23, 2002──新しい子づれ散歩旅フォト・エッセイ「当麻から島牧へ──早春の北海道を駆ける」の第1章をアップ。ぜんぶで5章を予定している。

 May 8, 2002──ステップワゴン購入記「クルマを買い替えるまで」を最終章までアップした。すでにアップしていた1-2章についても一部手をくわえた。このあとも若干写真などを追加するかもしれない。
 《くんくん》は写真を更新した。

 May 6, 2002──まえから気になっていた《くんくん》の紹介を作成。作者紹介の補遺としてアップした。

 May 4, 2002──クルマを買い替えることになった。その顛末をフォト・エッセイ「クルマを買い替えるまで」にまとめた。まず1-2章をアップ。

 May 1, 2002──新しい散歩旅フォト・エッセイ「壱岐に春を探して」の最終章第5章をアップ。

 April 13, 2002──新しい散歩旅フォト・エッセイ「壱岐に春を探して」の4章をアップした。残るは5章のみ。

 April 9, 2002──新しい散歩旅フォト・エッセイ「壱岐に春を探して」、さらに3章をアップした。全部で5章を予定している。

 April 6 , 2002──新しい散歩旅フォト・エッセイ「壱岐に春を探して」をまず1-2章をアップした。全部で5章を予定している。残りもほどなくアップする予定だ。このところ1-2週間ごとにアップデートしている。すると、アクセス数もそれなりに──といっても少しだけど──増えてくる。ちょっとうれしい。
 また、「竹富島フォト散歩」は、エッセイ中に何カ所かリンクを追加した。この手の作業は、手間はかかるが、おもしろい。始めるときりがない。
 3月末に旅した約2年ぶりの北海道は、ほとんど雪がなくて、まるでゴールデンウィークのような風景だった。黄砂にも降られた。旧知の知人を訪ねた5日間の旅のことは、あらためてまとめるつもり。

 March 23, 2002──散歩旅フォト・エッセイ「竹富島フォト散歩」全10章をすべてアップした。ここでは竹富島のビーチについてはひと言も触れていないが、それは別に準備中。ほかに壱岐編も用意している。
 今日から約2年ぶりに北海道へ行く。JASの誕生日割引で片道1万円というチケットを利用するのだ。

 March 17, 2002──散歩旅フォト・エッセイ「竹富島フォト散歩」をアップデート。全部で10章を予定しているうち、第2章から第5章までを追加した。バタバタしているうちに、1カ月近く間があいてしまった。あすはわたしの誕生日である。もはやそれを祝うような年齢ではないのだが。

 February 22, 2002──新しい散歩旅フォト・エッセイ「竹富島フォト散歩」をアップした。全部で10章を予定しているが、まずは第1章から。竹富島には子づれ旅とひとり旅とで訪れているが、このエッセイはどっちかというと後者に比重がある。

 February 17, 2002──新しい子づれ散歩旅フォト・エッセイ「旅の文体」をアップした。
 先週は《みの》が風邪を引き、めずらしく一週間寝込んでいた。《なな》は見かけは元気そうだがお医者さまによれば咽が赤く腫れているらしい。3人目も調子がわるい。壊滅状態である。

 February 2, 2002──新しい子づれ散歩旅フォト・エッセイ「標高10000フィートのチャント」をアップした。マウイ・シリーズの第3弾である。
 きょうは3人目の子の6カ月の誕生日である。ここ数日、夜泣きらしきものが始まり、抱いていればいいのだが、布団に横にすると嫌がってしまう。夜泣きといえば、《みの》はぴたりと1カ月だけだったし、《なな》はほとんどしなかったが、大人は眠れないし、たいへんである。
 ところで、雪見旅は、田沢湖からバスで1時間20分行ったところにある新玉川温泉(秋田県)に決めた。なんでもこれまで冬季休業だったが、昨年から冬も開くようになったそうだ。ただしバスは一日3便。強酸性で有名なところなので、赤ちゃんには酷だが、とにかく雪深いだろうから、まあよい。

 January 26, 2002──11カ月ぶりの更新である。
 この間なにをしていたのか。
 まず第一にあげられるべきなのは、昨夏(2001年)に3人目の子どもが生まれたことである。だから、2月にひとりで竹富島へ行き、春に子づれで壱岐に行ったあと、子づれ旅はしばらくお預けにならざるをえなかった(壱岐行きのことは、いずれ書く)。出産のために《あ》は《なな》を連れて6月下旬から実家に帰り、《みの》は小学校の一学期が終わるまで、わたしとふたりで暮らした。夏休み前の1カ月間は、夕方学童へ迎えに行き、食事を用意し洗濯をし宿題を見てやったりしているうちにすぎた。予定日より2週間おくれてのんびりと生まれてきた3人目は、やっぱり男の子だった。
 もうひとつは、わたしの修士論文である。「中年」とよばれても文句のいえないようないい歳をして、一昨年(2000年)大学院に入ることになってしまった。修士課程を終えるには修論を提出せねばならない(専門はメディア論)。期限は今年(2002年)の1月15日。ちょうど3人目が生まれる夏の真っ最中から秋がすぎ、お正月明けにいたるまで、平日は仕事、夜と土日は修論の執筆にかかりきりで、手一杯だった。
 そういうわけで、1年近くも「あややぎ・こむ」に手がつけられなかったのだが、ひと段落ついたら、また旅にでたくなった。とりあえずは雪見旅だ! と勝手に決めている。お薦めの温泉をご教示いただければ幸いである。

 
2001年
 

 February 15, 2001 ──竹富島へ行ってきた。
今夜も東京は雪である。ことしはほんとに雪が多い。だがじつは昨日まで、ゆえあって竹富島へ行ってきた。竹富島は、羽田から那覇→石垣と飛び、あとはおもちゃのようなフェリーにのって10分のところにある小さな島だ。島内には昔ながらの赤瓦の家と珊瑚の塀がのこされている。気温は22度、東京とはじつに17度の差。島だから、いつも風が吹いている。その風に、フクギやデイゴの葉と一緒に吹かれながら、3日をすごした。近々旅日記をアップするつもり。子づれではなかったけど。

 January 21, 2001 ──昨日は夕刻から雪がふりはじめた。今年はひさしぶりに雪の多い冬である。先日の新聞には、すでに仙台や会津若松などで除雪費用をつかいはたしてしまったという記事がのっていた。無責任な都会の人間としては、雪がふればそれだけで愉しい気分になる。だが雪国のひとの多くはうんざりするみたいだ。
 西津軽、黄金崎不老ふ死温泉への旅も大雪のさなかだった。その旅をエッセイ「こまち・温泉・雪だるま」としてまとめた。

 January 7, 2001 ──1月4日から6日まで黄金崎不老ふ死温泉へ行ってきた。ちょうど寒波のピークと重なり、大雪のなかの旅となった。トップページのみ若干更新。

 January 2, 2001 ──リンクを追加した。平野公子さんの主宰されるオンライン・マガジン「ビジバジ」である。

 January 1, 2001 ──世紀をまたぐ今年の冬休みは、ひさしぶりに自宅ですごすことになった。映画を観たり、本を読んだり、散歩をしたりとわりと気楽にすごしている。もちろんサイト構築も。メキシコのカンクン沖の小さな島へ旅したときの散歩旅エッセイ「嵐の島へわたる」をつくった。

 
2000年
 

 December 23, 2000 ──20世紀最後のクリスマスは、どこへもいかず、自宅で迎えることになった。一年前はちょうどラオス入国間際だった。そのときの記録でもまとめるか、という気分。とりあえずはトップページにビエンチャンの夜景(!)をアップした。

 December 2, 2000 ──11月の末に、フィルムスキャナを購入した。買ったのは、ミノルタの Dimage Scan Dual II 。秋葉原の九十九電機本店で、49800円(税別)だった(関連リンク)。数軒ショップをまわったのだが、どこも在庫切れだったが、ここだけは、3箱積んであった。あれこれ迷った末の決断だったが、買ってよかったとおもう。画質は予想以上に きれいだし、つかい勝手もわるくない。これでようやく写真もアップできるようになった。購入記念ということで、まず「キパフルの虹」を写真をくわえてリニューアル。乞うご期待。

 November 20, 2000 ──トップページのリニューアルのつづき。タイトルロゴを新しいものにした。文字はどのフォントかと質問をいただいた。Fireworks をつかって、じぶんで描いている。パソコンで文字を描くのは、なかなか愉しいものである。

 November 19, 2000 ──トップページを大きく更新した。写真など、開設当初からずっとおなじものをつかっていたので、そろそろ替えたくなってきたのだ。
 11月16日から、「地球の歩き方 旅のホームページ・グランプリ」というのに参加してみた。「地球の歩き方」のサイトをみると、いろいろと口上を述べているが、ようするに Read Me! の亜流という気がしないでもない。

 November 14, 2000 ──ラオス編に、第8章「サバイディ!」を追加。
 年末にミャンマーへ行こうとおもっているのだが、あいかわらずウェイティング状態である。金銭状態も寂しいことだし、このままチケットが確保できないなら、それはそれでいいか、という気持ちにもなりかけている。どうなることか。

 November 12, 2000 ──ラオス編に、第7章「ルアン・プラバン散歩2」を追加した。
 ポジのデジタル化の方法は、あいかわらず結論がでない。試しに、フラットベッド・スキャナ(CanoScan FB1210U)で取り込んでみたが、予想どおりあまりよくない。秋葉原のLaox Mac館でミノルタのフィルムスキャナのデモをみた。デモ用のポジではよくわからないので、持参したものを取り込んでみたが、いまいち。写真のせいかもしれないが、悩ましいかぎりである。

 November 10, 2000 ──ラオス編に、第6章「ルアン・プラバン散歩1」を追加した。

 November 4, 2000 ──いくつかのページについて、新しくロゴをつくって、体裁を整えた。以下の3つである。「更新情報・制作日誌」(このページ)、「リンク」、「子づれ散歩旅へでかけよう
 ラオス編に、第5章「ルアン・プラバンへ」を追加した。まだまだつづく。

 November 3, 2000 ──ラオス編に、第4章「ビエンチャン散歩1」を追加した。わたしは旅先ではパソコンではなく、手書きのノートをつけている。ビエンチャンの市場の簡単な配置図や、凱旋門もどきの図解などを、今回は手書きのままスキャンしてアップしてみた。わかりにくい面もあるかもしれないが、雰囲気は伝わるのではないかとおもう。
 それから、ラオス編のタイトルを、「お坊さんとミレニアム」からラオスで迎えるクリスマス」に改題した。

 October 29, 2000 ──マウイ・シリーズ第2弾「キパフルの虹」をアップした。

 October 28, 2000 ──リンクを追加した。「個人旅行のすすめ」。ここの子連れ旅行のコーナーには開始直後からよくおじゃましていた。
 サイト内のリンクの不具合を修正した。その他、若干の手直し。
 NYは地下鉄シリーズに沸いていた。景気がいいせいか、東京とちがって、なんだかやたらと活気があった。グッゲンハイム美術館でジョルジオ・アルマーニ展がひらかれている。展示されている服もさることながら、内部の空間演出がすばらしい。一見の価値あり。

 October 18, 2000 ──ラオス編に、第3章「ビエンチャンのクリスマス」を追加した。
 明日からNYへ行く。というと、なにか恰好よさそうだが、そういうわけでは、まるでない。行って、仕事をして、ただちに帰ってくる。オフは一日もない。

 October 15, 2000 ──「子づれ旅の荷物」をアップした。われわれは荷づくりがひじょうに苦手で、これはずっと旅の大きなテーマのひとつであった。とくに子づれのばあい、荷物はいくらでも増えるし、増えれば、それを持ち歩く親の負担は指数関数的に増加する。問題は切実なのである。ただ、ほかのひとの役にたつかどうかは、よくわからないが。
 ラオス編に、第2章「バンコク→ノンカイ、鉄道の旅」を追加。
 「作者紹介」は、写真をアップしてロゴをつくり、リニューアルした。
 本文に写真はのせないのか、という声がある。もちろん予定はしている。ただ、最近の写真の多くはリバーサルで撮っている。それをどの方法でデジタル化するのがいちばんいいのか、思案中なのである。良案あったら、ぜひ教えてください。

 October 10, 2000 ──タイトルロゴをつくり直した。「あややぎ・こむ:子づれ散歩旅の絵本」ということになる。開設早々ロゴまで変えるのはどうかという気もしないでもないが、このほうが、わたしの考えがよりよく伝わるのではないだろうか。Webは、つくりながら、考えることもできるメディアである。
 アクセスはともかく、まだメールなどによるレスポンスはない。

 October 9, 2000 ──開設早々よちよち歩きヒヨコ状態のサイトながら、それなりに訪問してくださる方がいらっしゃるようだ。ありがたいことである。
 リンクを追加した。「サラリーマン・バックパッカーの海外旅行」。制作者サラリーマン氏はわたしと同世代でもあり、その独特の語り口に惹かれて、よくお邪魔させていただいている。バックパッカー旅行記サイトの老舗のひとつで、リンクさせていただけるのは光栄である。サラリーマン、子づれ、バックパッカーという三重苦トラベラーのわたしが、このサイトから学ぶべき点は、多い。

 October 8, 2000 ──初めてリンクをアップした。「ゆーらしあ大陸、ほっつき歩き」。わたしの愛訪サイトのひとつである。旅と写真の好きなひとは必訪であろう。
 古くからの友人がさっそくサイトを訪れてくれた。そして、ひじょうに的確なアドバイスをくれた。もつべきものは友である。それにしたがい、「散歩旅のもくじ」をつくり直した。

 October 7, 2000 ──もとより、さほどのアクセスを期待しているわけではないが、あるていどの告知活動はせねばなるまい。サイトのばあいは「愛読」とはいわないのだろうけど、ともかく、いつもよくアクセスしているサイトの方に2件、メールでリンクの依頼をだす。いくつかの検索エンジン、それにReadmeとJapanese Backpacker's WebRingに登録した。

 October 6, 2000 ──昨夜は会合で遅く帰った。悪寒がする。39度もあった。今朝、どうしても行かねばならぬところがあったので、座薬を入れてでる。帰宅すると、サーバ屋からカウンタファイルを用意したとの連絡があった。
 9月のマウイ行きをもとにした「マウイのハセガワさん」、「ランタン谷トレッキング」をアップした。それに、昨年末のラオス行きのシリーズ「お坊さんとミレニアム」も最初の2頁だけアップした。

 October 5, 2000 ──ところが、アクセスカウンタがうまく表示されない。IEでみてみると、全体はうまく表示されるのだが、アクセスカウンタのくるべき場所に、まず最初にデータファイルをつくれ、というダイアログがでてくる。そして、そのために、全体のレイアウトが崩れる。
 アクセスカウンタは、サーバ屋のほうで、あらかじめ設定してあるものをつかっている。記述の仕方は間違えていない。サーバ屋のサイトにある設定の仕方を何度読み返しても、データファイルとやらのことは一言も書かれていない。やれやれ、じぶんでつくらにゃならんのかと、インターネットを探したり、CGIの本を立ち読みしたりしたが、やはりよくわからない。
 午後になって、大学内で知りあいの先生にお会いしたので、訊ねてみた。telnetで入って調べてみたら、どうやらデータファイルはサーバ屋のほうでしか設定できないことになっているらしい。サーバ屋には昨晩メールで連絡していたのだが、まだ返事がない。すぐにもう一度メールを送りなおす。こんどは、ややつよい調子の文面である。いつごろ状況が好転するのかは不明。
 「散歩旅のもくじ」を整理するのを忘れたままアップしてしまったことに気づいた。これも修正せねば。

 October 4, 2000 ──ようやく本格的なオープンにこぎつけることができた。ドメインを取得したのが、1999年8月20日。翌月にはいちおうサイトのおおよその骨格はできていた。だがその後、ああでもない、こうでもない、とつらつら構成をいじりつづけているうちに、一年以上すぎ、けっきょく現在のような形にさだまったのが、つい10日ほど前のことだ。アーティクルにはまだ写真が添付できていないものも多いが、おいおい追加していきたい。
 まずは散歩旅シリーズ2本、「はじっこ散歩記」と「破れた100ルピー札」をアップ。とにもかくにも、どうぞよろしくお願いいたします。


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