ピレネーを越えて──ベンヤミン・ルートを歩く 4

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国境の稜線へ

眼下に見える広大な風景を見やりながら歩いていると、上からロードバイクの自転車のおじさんが降りてきた。こんな林道でよくまあ。ボンジュールとぼくがいうと、向こうはしばらくこちらをながめていた。そして、いちおう人間だと認めたのか、ボンジュールと返してきた。なかなかにフランス人らしい対応である。

林道から右へ分岐する道があり、その入口に案内板があった。それにしたがって右へ折れる。その先しばらく行くと左に山道がある。標識はない。だが、右へ林道を進めば下りそうなので、左の山道のほうを進む。ここから国境の稜線まで約一時間。これがしんどかった。

ベンヤミンの泉

このルートは、その性質上、人目につきにくい場所を意図的に選んでいる。そのため、尾根の稜線上ではなく、少し下がった腹のところをひたすらトラバースしてゆく。

いいかえるなら、眺めのよさなど、歩いていて楽しくなるような要素も排除されてしまっていることを意味してもいる。ふつうの山歩きのルートに比べると、見晴らしは効かず、しんどさが増すばかりなのだ。この道を、当時ベンヤミンたちは文字どおり命がけで歩いたわけだ。その精神的プレッシャーと苦労は、想像を絶するものがある。

また案内板があった。ベンヤミンが、同行者の制するのをふりきって水を飲んだという泉である。大きな岩の下に浸み出てくるものらしい。

泉をながめてみる。泉というより、大きめの水たまりといったようすだった。

その水はよどみ、たしかに飲用に適するほど衛生状態がいいようには、とても見えなかった。

国境の稜線をめざして

その先は、左手に尾根を、右手にはけっこう深い谷を見ながら、ひたすら尾根の腹をトラバースしてゆく。

ところどころガレ場もある。

地形の関係か、風もあまり吹かない。たまに谷に面して、葡萄畑から左手にピレネーの高山を、右手奥にバニュルスの街と地中海を見晴らせる場所に出る。そうすると、気持ちのよい風が吹いてくる。

ここに来て、失敗に気がついた。水の手持ちが少なくなっていたのだ。

500mlのペットボトル二本を持ってきていた。だが、思いがけない暑さで、一本は下の葡萄畑のなかを抜けているうちに飲んでしまった。残り一本も、もう半分飲んでしまっていた。喉は渇くが、とにかく節約するしかない。パンは持ってきていたが、とても食べるような気にはなれない。

黙々とトラバースを重ねる。やがて稜線が見えてきた。

左手のピークに何か立て札がのようなものが立っているのが見えた。

最後にひと登りをすると、そこが稜線、すなわちフランス・スペインの国境だった。

国境のピークまでピストン

国境には、半裸で登山中の中年夫婦が休憩中だった。かれらは、まもなく先発して近くのピークのほうへ登っていったが、そのときHola! オラと挨拶をしてくれたので、たぶんスペイン人なのだろう。

国境には案内板があった。リーザ・フィトコの本からの引用が記されていた。ベンヤミン一行がこの場所にたどり着いたときの箇所だった(同書の日本語訳は『ベンヤミンの黒い鞄』、晶文社)。フォトコもまた亡命ユダヤ人であり、ベンヤミンたちの脱出行の道案内役をつとめた人物である。

眼下にポルボウの街が見えた。駅の大きなガラス屋根や、貨物駅の青いシェルターも見える。ヨットハーバーも見えた。だが墓地は、ちょうど手前の山の陰になって見えなかった。

ひたらく尖った小石が落ちていた。フィトコの案内板の近くに落ちていた小石を拾い、ティッシュでくるんでデイパックにしまった。

15分ほど休憩したのち、ぼくも直近のピークに向けて出発した。ここからピークまでの往復は、いわば寄り道である。ベンヤミンたちのルートからは一時的に逸れることになる。バテ気味だし、手持ちの水が少ないこともあって、じつは行くか行くまいか少し迷ったのだが。

なるべくゆっくり歩く。さいわいひと登りすると地形がフラットになった。そこからもうひと登りすると、ピークに達した。ぼくが歩いてきたベンヤミン・ルートに平行して、尾根の稜線上をすすむルートが走っている。そこを歩いて国境に達すると、ちょうどこのピークに出たはずである。

GoogleEarthではここにはドーナツ状の物体が映っていた。なんなのだろうかと訝しんでいた。それは石積みでつくられた砦の塔の遺跡であった。

塔の他にも建物があったらしく、かなり崩れた格好ではあるが、遺構としてまだ壁など一部の形をとどめていた。山の上のお城は、ヨーロッパの昔話でよく出てくる。だが、こんな山のなかに、水も食糧もないなかで、なんの目的があって、こんなものをつくったのだろう。建設のためにひとをここまで連れてきて使役するのも大変なら、維持してゆくのも並大抵ではあるまいに。下々を、天にもっとも近いところから睥睨するということだったのだろうか。

とはいえ、たしかに眺望はすばらしい。眼下には、フランス側のバニュルスやセルベール、ピレネーの稜線をはさんでポルボウ、さらにそこから山を越えた向こうにいくつもの港町、そのさらに向こうにはフィゲラスの街、さらにその向こうに拡がるスペインの大地までが一望できる。

このピレネーのピークからの眺望を、4枚の写真を合成してパノラマ写真にしてみた。クリックで拡大します。

写真4枚を合成したパノラマ写真。左はフランスで、バニュルスとセルベールが見える。ピレネー山脈の稜線の国境をはさんで右がスペインとなる。ポルボウの湾と長大な鉄道駅が見える。

こうして見ると、ピレネー山脈はけっこう険しい。ベンヤミンたちは、登山の装備・経験ももたず、地図や土地勘もなく、国境監視部隊の目を避けながら、成否の見通しも立たないまま、こんなところを越えてきたのである。文字どおり命がけであっただろう。

いっぽう足元に目を転じる。チョコボールのようなものがたくさん落ちていた。鹿の糞だろうか。なるほど、鹿にはいい場所かもしれない。

その5へつづく

ピレネー 2014/07
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さんぽのしっぽ

長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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