「それじゃあ、これで。夕方には向こうに着きますんで」
よろしく……と頭をさげかけたわたしに、ドライバーが言葉をつづけた。
「ところで、さっき汚れかとおもったんだけど、ここ、傷ですね」
ドライバーの指さす白い車体の左横、ちょうどサードシートの横あたりに、短い縦の筋が帯状に入っている。ちょうど小さな雨だれのような感じだった。先日買取屋さんに査定してもらったときには気がつかなかった。そのあとに付いたのだろう。わたしに心あたりはない。傷の位置と形状からして、隣の駐車場に最近停まっているトラックの荷台が開閉時に接触したとのではあるまいか。青果卸用のそのトラックは、いつも駐車場でガタガタと作業をしているし──。
喪失感と落胆と憤慨とがないまぜになった複雑な気持ちに沈みかけるわたしの横を、ステッピーを載せたキャリアカーが、ウインカーを出しながらゆっくりと走り去っていった。
駅に向かう道を歩きながら、駐車場を管理している不動産屋に電話した。事情を聞いた相手は、まずそもそもトラックの駐車は契約違反であるはずだと述べたうえで、「お隣では言いにくいでしょうから、うちから注意しておきます」と言ってくれた。わたしは、しばらく様子を見るけれども(どうせ当分クルマもないことだし)、次にこういうことがあったら警察を呼ぶつもりですから、と釘を刺しておいた。
歩きながらわたしは、ステップワゴン系のMLに最近似たような話があったことをおもいだした。隣に駐車しているタクシーに、6年間毎日ドアを当てられつづけてきた、という話だった。そこに挙げられていた「対抗策」とは、カーセキュリティをつけて、隣のおじさんにこう警告してやる、というものだった。「このへんもぶっそうで、ぼくのクルマも傷つけられたりするんですよ。で、今度クルマに、ものすごいセキュリティをつけました。ちょっとでも近づいたり、ましてや車体に触れようものなら、サイレン鳴って、電気がビリビリ流れて、警察が飛んでくるようになっています。よろしく」
考えようによっては、次のクルマで同じようなことが起きる前で、よかったかもしれない。
それにもうひとつ、良い点がある。例の傷はたいしたものではない。だからおそらく、次に買うひとも、費用対効果を考えれば、わざわざその傷を修理しようとはしないだろう。
だから《みの》、あれは「青いマジック」なんだ。白いパールのステップワゴンに出会ったら、車体の左後部に雨だれのようなすり傷がないかどうか確かめてみるといい。もし傷があれば、それはきっと、ぼくたちと1年半を過ごしてくれたステッピーだという「印」なんだよ。
さよなら、ステッピー。また会える日まで。
──おしまい
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