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散歩旅のもくじ


メキシコ──1999/09-10
 
1──カンクンは嵐だった
2──桟橋の蝙蝠傘
3──イスラ・ムヘーレス上陸
4──おぼれかけた島で

     

4おぼれかけた島で

 

   とりあえず洗濯をすませて部屋に干し、空調のスイッチを入れた。運転音は勇ましいものの、いかにも効きめがなさそうな代物である。1700すぎ、雨をついて町へでる。
 通りはすっかり冠水していた。平たい小さなこの島は、プエルト・フアレスの桟橋脇の木製ボートのように、嵐のなかで、なかば水没しかかっているようにおもわれた。
通りはすでに水浸し。  
   

 LPのMexico編にのっていた "El Mansion" というお店に行くことにした。店のまえのお客の姿はほとんどなく、店のひとが暇そうにテラスから通りを眺めていた。
 メキシコの料理など、なんにもわからない。『地球』メキシコ編のグラビアと、英語版のメニューを見くらべながら、適当にたのんでみた。すると、注文をとりにきた男の店員が、どんな料理かご存じですかと英語でいう。いや知らない、と答えると、それはですね、と蕩々と説明をはじめた。昔みたミュージカル映画(タイトルを忘れた。RKOのアステア=ロジャースものだったか、MGMの『錨を上げて』だったか)にそっくりのシーンがあった。おまけに店員のひとの容姿まで、その俳優(たしかジュールス・マンシンだった)に似ている。笑ってしまった。けっきょくメキシカン・サルサ、フィッシュ・プレート、ステーキなどを頼んだ(いずれもメキシコ名は忘れた)。子どもたちはサルサをばくばくたべた。コーンでつくったチップスに、緑色のアヴォカド・ペーストをつけてたべる。とくにアヴォカドの甘みが気に入ったみたいだった。
 ビールでうまかったのは、Leo Negreという黒ビールだ。ライムの切ったのが小瓶の口についてくる。これをビールに絞って飲む。地元のひとたちのようすを観察していると、ビールを一口飲んだあとにライムをかじる、ということでもいいようだった。

左の黒い瓶が Leo Negre という黒ビール。なかなかうまい。手前のがサルサで、トマトやアヴォカドのペーストをつけてたべる。子どものお菓子でもあり、ビールのつまみにもなる。  
   

  店が暇なので、ウェイトレスの女の子が来て、《なな》や《みの》のことをかまってくれた。ときおり、雨が激しくなる。店はほとんど壁がない造りで、窓の代わりに帆布の日除けがつけてある。それをめいっぱい張りだして雨よけにしているのだが、そこに猛烈な勢いで雨があたる。バラバラバラ……と、すさまじい音が響いた。
 それまでCATVが流していたメロドラマが終わったのを潮に、店員のひとりがウェザーチャンネルに替えた。衛星から撮った気象写真を時間をおって見せていた。ユカタン半島の南の洋上で低気圧がつぎつぎと発生し、半島まで達しては消えている。われわれは、低気圧の波状攻撃のただ中に飛び込んできたのだった。
 われわれのいた小一時間のあいだに現れたお客さんは、ひとりだけだった。会計をすませた。ウェイターの男の子が、《みの》と《なな》のために、アメやチョコレートの入った箱と鉛筆をもってきてくれた。風雨はますます激しさを増し、店のまえの冠水の状態もいっそうひどくなっていた。若いウェイターと、あとからきた唯一のお客さん(元シャネルズの桑野というタレントに似ていた)とが、黒いビニール袋に穴をあけて、《あ》と《なな》のために即席のポンチョを用意してくれた。

ビニール袋に穴をあけて、即席のポンチョをつくる。青いシャツの「桑野さん」は、メキシカンの旅行者らしい。われわれが店にいるあいだにやってきた唯一のお客さん。  
     表は冠水しているからとウェイターくんにいわれ、裏口から外へでた。通りは、文字どおり水浸し。道路は水路と化していた。そのなかを、《みの》は片手に、もらったばかりのお菓子の箱をぶらさげ、ポンチョを着て、じゃぶじゃぶと歩いて、ホテルまでもどった。
すっかり冠水した通りを歩いてホテルへ戻る。短パンにサンダル履きなので大人は問題はないが、《みの》の半ズボンはもうぐっしょり濡れている。町の人たちは、やれやれという面もちではあったが、平然としていた。このぐらいの雨は、さしてめずらしいわけではなさそうである。  

     ホテルの部屋の窓際の床に敷いた古タオルは、すでにぐしょぐしょに濡れていた。その夜は、一晩じゅう嵐がつづいた。ときおり雷鳴がとどろいた。カーテンをめくると、プールサイドのシュロの樹が狂ったように揺れまくっていた。旧式の空調が、ガオガオ、ウイーン、グググなどと唸る音を聞きながら、子どもたちはぐっすり眠っていた。
    ──終わり 
 


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