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散歩旅のもくじ


自然と人工、そしてハレアカラ
マウイ──2000/09

 
1 ──ハレアカラ・ハイウェイ
2 ──山頂からの眺め
3 ──標高10000フィートのチャント
4──女神ペレと英雄マウイ
5──星々にいちばん近い場所
6 ──ハレアカラの両義性
7──自然と文化の「進化」の舞台

     

6ハレアカラの両義性

 

 
     

 

[*]  未確認だが、これはダーウィンの引用ではないだろうか。

   ハワイ諸島は、もっとも近い北米大陸からでも3800kmも離れていて、太平洋上で周囲と隔絶した位置にある。ハレアカラ・ビジターセンターの展示解説によれば、ここの動植物は "wind, wave and wing" によってもたらされた [*]。島嶼では隔絶した場所で進化がすすむため、独自の種が形成されることが多い。ハワイは世界でもっとも固有種が多く、鳥類で90%、昆虫類やカタツムリ類では99%にのぼるという。
 

 わたしの眼前にひろがるハレアカラ・クレーターに棲む鳥ネネ(Nene: ハワイガン)は、そうしたハワイの固有種の代表例といっていいだろう。黒い頭にクモの巣状羽模様が特徴のこの鳥は、もともと北米からわたってきたものだ。ハワイでは乾燥した高地に棲むようになった。だから水鳥なのに水掻きは半ば失われている。だが野生化したネコやマングースによって、1940年代には個体数が数十まで激減した。その後、人工繁殖で増やした個体を自然にもどす活動が続けられ、個体数も1000近くまで増えているという。もとの生息地といっても、どこでもいいわけではなく、人間の影響の小さい場所でなければならない。そこで選ばれたのが、ハワイ島のキラウエアと、ここハレアカラなのだ。
 一概に比較はできないが、日本のトキの例を念頭におくならば、ネネ復活にかける関係者の努力は並大抵ではなかっただろうし、いまもそうだろう。ネネはハワイ州の州鳥であり、環境保護活動のシンボル的存在だ。ホノルル動物園へ行けば、多数の個体が飼育されている姿を見ることができるが、その背景には、アメリカの動物園がその使命を明確に種の保存や環境教育におくようになってきていることがある。川端裕人の『動物園にできること』(文藝春秋、1999年)という本によれば、現在のアメリカの動物園のあり方は、こんなふうにまとめられるという。

 「多くの誠実な努力と少々の嘘。未知数の益と未知数の害。多くの動物を苦しめるかもしれないが、多くの動物を救うかもしれない。多くの人を不愉快にさせるかもしれないが、生態系のために闘う戦士を生み出すこともある。人々に何も伝えないかもしれないが、多くを学ぶ人もいる。可能性に満ちているが、きわめて両義的な場所」

 そしてハレアカラ山頂もまた、両義性にみちた場所である。

     

 

 

 
     
[**]  清水善和の前掲書による。  

 クレーターを闊歩するネネの姿は、それだけを見れば完全に野生のそれと同じだろう。けれどもそれは厳密な意味で「野生」なのではない。ネネは根本的なところで《人間》の管理に依存しなければ生き延びられない種なのだ。人工繁殖によるものを放鳥しただけで、野生状態で個体群を維持できるほどの幼鳥が生まれていないという。放される生息地の環境が整えられない限り、永遠に放鳥し続けなければならない。ネネはけっして「野生」に戻ったのではなく、自律的に繁殖活動ができない以上、精巧なロボットと同じではないかという批判もあるらしい [**]。たしかに正論だ。けれどもわたしの個人的な意見では、なんであれネネが繁殖の続けられるところまで復活したことはすばらしい。たとえそのなかの一部分に、人間のある種のエゴが含まれていたとしても、だ。けっきょくのところわれわれは、現在おかれている状況から出発していくしかないのだから。
 クレーターに棲むネネとは、一見ほとんど人工の匂いを感じることのないこの土地が、細かく見ていけば、いたるところに人間の意志と努力が介在しているがゆえに、このような状態でありつづけているという逆説めいた事実に気づかせてくれる存在でもある。
 ハレアカラ山頂は、自然と人工のせめぎあう場所なのである。  

 


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