リトアニア 2018/10小雨降る「夜明けの門」——晩秋のリトアニア駆け足旅 3 晩秋のリトアニア駆け足旅のその3。ビリニュス空港から市バスで「夜明けの門」へいき、旧市街のパブへ入った。 2018.11.16リトアニア 2018/10
開聞 2015/09開聞うろうろ 4 ──青葉となづな 指宿駅前の「青葉」という店にいってみた。よく知られた郷土料理の店ということで、混むらしい。さいわいちょうど待機客の姿がなくなったところだった。「ひとりなのですが」とダメモトで訊いてみると、すぐに入れてくれた。お刺身盛り合わせときびなご塩焼きを頼んだ。 2015.10.30開聞 2015/09
開聞 2015/09開聞うろうろ 1 ──温泉・コインランドリー・コンビニ まず向かったのが温泉だ。下山したところに案内の出ていた「レジャーセンターかいもん」。開聞川尻という集落の海っぺりに立っていた。目の前に、いま登ってきたばかりの開聞岳がドーンと見える。 2015.10.27開聞 2015/09
ポルボウ 2014/07ベンヤミンのポルボウを歩く 4——レンガ色の壁 ベンヤミンが亡くなった旧ホテル・フランシアは、レンガ色の外壁をもった、四階だての建物である。1940年9月、ポルボウへたどり着いたものの入国を拒否されたベンヤミンは、ここに宿をとり、その夜に自死した。ファサードに、そのことを記した銘板が埋めこまれていた。 2014.09.08ポルボウ 2014/07
ポルボウ 2014/07ベンヤミンのポルボウを歩く 3——遺骸のない墓所 墓所正面の門は開け放たれていた。この墓所は、ちょっと奇妙な形式をもっていた。団地化しているのである。白い外壁でぐるりと四周を囲われている。なかは、ひな壇式になっており、棟が幾棟もならんでいる。各棟は縦横に整然と区画され、そのひとつひとつが、それぞれ墓なのだ。 2014.09.01ポルボウ 2014/07
ポルボウ 2014/07ベンヤミンのポルボウを歩く 2——風の回廊 すぐに、ポルボウの街を見下ろす場所に出た。街は三方を山に囲まれ、ビーチによって海の方向にだけ、わずかにひらけている。フランスとの国境を隔てるピレネー山脈が、最東端のここでもって地中海に没している。ベンヤミンがこの街にたどり着いた1940年、街並は廃墟のようだったという。 2014.08.31ポルボウ 2014/07
ポルボウ 2014/07ベンヤミンのポルボウを歩く 1——ポルボウへ バルセロナのサンツ駅地下ホームから、がらがらのMD (Media Distancia、中距離都市間快速) に乗って東へ二時間ちょっと。ダリの生地で知られるフィゲラスをすぎると、列車の窓から時折地中海が見えはじめた。ほとんど立木のない荒涼とした荒れ野の山の間をくねくねと縫い、トンネルをいくつか抜け、そうして最後のトンネルを抜けたとおもったら、終点ポルボウに到着した。 2014.08.29ポルボウ 2014/07