ベンヤミンのポルボウを歩く 2——風の回廊

ベンヤミン最期の地ポルボウの街を歩く話のつづき。

最初に、案内板を確認する。

案内板は、ツーリスト・インフォメーションから道路をわたってすぐのところにあった。カタルーニャ語、スペイン語、フランス語、英語、ドイツ語で、ベンヤミンとポルボウの1940年について、短く記してある。こうした案内板が、ゆかりの場所にそれぞれ立てられていた。

宿泊するオスタルに荷物を預け、空荷になった。オスタル Hostal とは、民宿みたいな小規模な宿のことだ。下の写真の右手がそれ。ユベントス Juventus という店の上階であった。

オスタルを出て少し歩くと、ちいさな丘にぶちあたる。そこで街はおしまいだ。丘をゆるゆると登ってゆく。一本道だから、迷いようがない。

すぐに、ポルボウの街を見下ろす場所に出た。

街は三方を山に囲まれ、ビーチによって海の方向にだけ、わずかにひらけている。この写真は、ちょうど西の方角を向いて撮ったもの。手前から、ビーチ、街、そして左手の奥に細長い駅舎が見え、その脇に教会が建っている。

ベンヤミンがこの街にたどり着いた1940年、街並は廃墟のようだったという。というのも、前年までスペイン内戦がつづき、ポルボウは共和国側の最後の地でもあったからだった。ここにフランコ将軍麾下の反乱軍は容赦なく砲撃をくわえたのだそうだ。

こちらは、北。フランスとの国境を隔てるピレネー山脈が、最東端のここでもって地中海に没している。

そして東を向くと、もう道は行き止まりだ。

この先にポルボウの墓所がある。それを取り囲むようにして、イスラエルの現代美術作家ダニ・カラヴァンによるメモリアル・モニュメントが配置されている。なぜここにつくられたかといえば、白い外壁に囲われたこの墓所のなかに、実際にベンヤミンの葬られた墓があったからである。下図を参照。

  • 1. オリーブの木
  • 2. プラットフォーム
  • A. ベンヤミンの墓、563号
  • B. 記念碑
  • 3. 回廊
  • 4. 岩礁

行き止まりのすぐ先に、最初にあらわれるのが「パサージュ──ベンヤミンへのオマージュ」である。ここにあるメモリアルのうち、この回廊が、たぶんいちばんよく知られているだろう。

斜面を掘り込んで、側溝のような細長い回廊が埋め込まれている。

出入り口に立つと、奧にじぶんの影がうっすら映っているのが見えた。

壁・床・天井とすべて金属でできた細長い回廊の階段をくだってゆく。外の音が遮られ、海に潜ったときみたいに、くぐもった静寂につつまれる。さらに下ってゆくと、途中から天井がなくなる。頭上に青空がのぞく。すると、先ほどの人工的な静寂がやぶられ、風と波の音が聞こえはじめた。

回廊は岩場の途中で行き止まりとなっている。そこには、ポリカーボネードか何かの透明板が嵌められていた。透明板の向こうにも細長い階段はつづいている。その延長していった先に、海面があり、岩礁が見え隠れしている。透明板越しに海と岩礁、対岸のピレネー最東端が海に沈みこむ岬が見える。風の音が微妙に、回廊の壁に反響し、不思議な感じであった。

透明板には、ベンヤミンの文章が、ドイツ語のほか、カタルーニャ語、スペイン語、フランス語、英語で記されていた。かれの最後の論文『歴史の概念について』からの引用、──ということだったのだが、あれ? こんなフレーズあったっけ?

帰国してから本を読みかえしてみたが、『歴史の概念について』のなかには存在しない。調べてみると、これは、同論文の異稿断片集のなかに残されていた文章であることがわかった。日本語訳はちくま学芸文庫版『ベンヤミン・コレクション7』に収められている。つぎのような文章だ。

 名もなき者たちの記憶に敬意を表することは、有名な者たちや誉め称えられた者たちの記憶に敬意を表するよりもずっと難しい。歴史的な構築は、名もなき者たちの記憶に捧げられているのだ。(浅井健二郎訳、同訳書 p. 600。なお訳文は、碑文にあわせて若干短くしてある。)

回廊の出入口まで戻ってくる。

出入り口に対向するようにして、平たい石を四角く積んだモノリス状のモニュメントがたっている。あとで知ったのだが、この薄くて平たい石は、ピレネーの地質であるようだった。

奧にある白い壁に囲われた区域は、墓所である。これは現代美術ではなくて、この街に古くからあるものだ。

パンフレットに記された順路にしたがって、墓所の背後に回りこむようにして歩く。

数段の階段があった。その先には墓所の外壁に寄り添うように、オリーブの木が植えられている。これも作品の一部らしい。

さらに、墓所の外周の裏側を歩いてゆくと、鉄板でつくられた四角い台のようなものがある。

パンフレットには「プラットフォーム」と書かれているだけ。最初は意味がよくわからなかったが、数回かよっているうちに、ようやく気がついた。このモニュメントは、ベンヤミンの墓のあった場所のすぐ背後に位置しているのだ。

さらに奥までいくと、墓所の裏門がある。案内図の順路はここから墓所に入ることができるように描かれていたが、ぼくが訪れたときは施錠されたままだった。

墓所裏のこの道は未舗装の山道だ。フットパスになっており、ピレネーまで続いている。

ただし、あたりは犬のうんちだらけである。街のひとが犬を散歩させる恰好のルートになっているようだ。ぼくがいるあいだも、つぎつぎと犬、それもやたらな大型犬の散歩にやってきたから、その産物なのだろう。しかも、犬たちはたいていノーリードだ。飼い主のほうも、どうせ誰もいやしないと端から決めこんでいるみたいである。こちらはもう、怖いばかり。ぼくは子どものころから、犬が怖いという暗示にかかっている。

その3へつづく

ポルボウ 2014/07
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さんぽのしっぽ

長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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