プリピャチ——チェルノブイリを見にゆく 6

チェルノブイリを見にゆく話その6。前回その5はこちら。

チェルノブイリ村——チェルノブイリを見にゆく 5
チェルノブイリを見にゆく話その5。前回その4はこちら。管理区域内をしばらく走ると、碑のようなものがあり、別のツアーバスの客たちが見学していた。チェルノブイリ村の入口だという。チェルノブイリ村の入口の碑。日帰りツアー......

チェルノブイリ原発4号炉を覆うかまぼこ型の金属ドームを遠くから眺めたあと、プリピャチへ向かった。

プリピャチ (Pripyat) の街は、原発から4kmほど北にある。原発で働くひとたちのために1970年に開発されたニュータウンだ。だだっ広い原野を切開してむりやり挿入したような計画都市である。いかにも共産主義の国らしい人工きわまりない街だが、人工の極致なるがゆえに、それなりに暮らしやすくもあったのだという。

だが、事故3日後に、強制的に全市避難となった。当初は3日もすれば戻ることができるという約束だったが、その約束が果たされることはなかった。街は無人となって放棄され、旧共産圏らしさ全開のモダンな街はゴーストタウンと化した。現在ではチェルノブイリ見学ツアーの目玉となっている。

プリピャチへの入口にある検問所。ガイド兼ドライバーのG氏が書類をもって詰所へ入ってゆく

ぼくたちを載せたミニバスは雨のなかを走った。途中でまた検問所をひとつ抜けた。プリピャチへの出入りをチェックしているらしい。大きな犬が、雨を避けてうずくまっていた。

道路はじょじょに細くなった。両側には雑草が茫々と生い茂り、路面を覆い隠そうとしていた。アスファルトにはところどころ穴があいていた。ミニバスはときおりガタンと烈しく揺れた。速度を自転車ほどにまで落として、ゆっくりと走った。

検問所を過ぎ、プリピャチへ向かう。草木が両側から道路へ覆い被さらんばかりに半もしていた。路面はかなり荒れ気味だ

繁り放題の草と灌木の向こう側に、コンクリート造の四角い建物が見えてきた。団地のようだ。遠目には、旧共産圏の国々でよく見かける、ふつうの古びた団地に見える。が、よく見ると、たしかに荒れていた。

やがて、細い舗装路が別の舗装路とまじわって、少し広くなったところへでた。ミニバスが停まった。降車する。おそらくプリピャチの中心部なのだろう。そう想像はついたものの、具体的にどこなのかはわからなかった。まわりは藪だらけだ。

プリピャチの中心部でミニバスを降りた。「中心部」といっても、生い茂った草木に視界が遮られ、見通しは効かない

ここから、G氏の先導で、この廃墟の「未来都市」を歩きまわる。

その7へつづく。

藪の中——チェルノブイリを見にゆく 7
チェルノブイリを見にゆく話その7。前回その6はこちら。プリピャチはチェルノブイリ原発から4kmしか離れていない。ほぼ隣接しているといってよい。かつては5万人近くのひとが住んでいた。いずれも原発で働くひとたちとその家族だった......
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