錆びついた巨大アンテナ——チェルノブイリを見にゆく 17

チェルノブイリを見に行く話その17。前回その16はこちら。

森を抜ける道——チェルノブイリを見にゆく 16
チェルノブイリを見に行く話その16。前回その15はこちら。気持ちのよい青空の下、G氏の運転するミニバスがホテルを出発した。走りだしてすぐ右手にジェネラル・ストアがあった。ここだけは観光客でもガイドと一緒なら立ち寄り可能だと......

よく晴れたツアー2日目の朝、G氏の運転するミニバスでドガへやってきた。

ドガは旧ソ連軍の施設。アメリカが発射するかもしれない大陸間弾道ミサイルにたいする早期警戒システムの一環として設置されたレーダーだ。いまは放置・廃棄されている。

正門は閉じられたまま。写真右手に通用門があり、そこから出入りする。

ドガの入口の門にも、旧ソ連の星のマークが貼り付けてあった。傷みはひどい。門の脇の旧兵舎のような建物にG氏が入ってゆく。手続きのあいだ、ぼくたちはすることもない。しばらく門の前で待つ。現在この施設は、おそらくウクライナ軍が管理しているらしく、軍服を着た軍人がたっていた。「管理」とはいうものの、とくに何かを積極的に活用しているというようには見えなかった。

閉じられたままの大きな門の脇に通用門があった。手続きを終えたG氏につれられて、そこから入場した。構内は広かった。木々に埋もれるようにして何棟か建物がたっていた。もちろん廃虚化している。

入構してすぐ右手。トラック?がうち捨てられていた。
構内の建物に描かれた旧ソ連時代のものらしき絵ないしポスター。
構内の森を歩いてゆく。往事はきれいに整備されていたのだろう。

しばらく奥へ歩いてゆくと、松林の向こうにレーダーがあらわれた。これがまた、想像以上にでっかい。高さ数十メートル、横数百メートル。鉄骨だけでできたモニュメントのようだ。

ドガの錆びついた巨大アンテナ。

近づいてみると、鉄骨柱のフレームに八木アンテナを何百とくくりつけたものであることがわかった。

鉄塔にループ八木アンテナ?をくくりつけ、さらにワイヤーをわたした構造。
無数のアンテナが整然と設置されているのがわかる。

八木アンテナとは、民家の屋根上などに設置されているのをよく見かける、骨だけになった魚のような形をしたアンテナのことだ。この八木アンテナの素子(横棒)を環状にまげ、それらを組み合わせた細長い円筒形となっていた。よくわからないが、ループ八木アンテナとよばれるものに相当するのかもしれない。このアンテナが無数にならべられたうえに、さらにワイヤーが水平に張りめぐらしてあった。

アンテナの全体像。巨大すぎて、とてもカメラに収まりきらず。

とにかく、無駄にバカでっかい。冷戦期の旧ソ連では、こんなものを大枚はたいて建設・運用していたのか。カネばかりかかって、何も産みださない。ソ連が崩壊するわけである(他国も同様だが)。

制御盤か何かの跡だろうか。錆びだらけ。
鉄柱の土台。地震国の人間の目には、きわめて華奢に見える。コンクリートも劣化が甚だしい。

あまりのばかばかしさに、うしろにいたMと、これは人類がいかにアホだったかを示すシンボルだね、と言いあった。

この巨大なレーダーが現役だった当時には、周辺への電磁波の影響もすさまじかったのではないだろうか。電波をだしては反射して戻ってくる電波を測定するという装置なのだから。少し距離があるとはいえ、プリピャチの人工都市はそう遠くない。近くには昔からの集落もあっただろう。なにしろチェルノブイリ原発事故のあと破棄された村は80にもおよぶという。そういう住民への配慮など当然まったくなされていなかっただろう。

周囲は松林。松ぼっくりとシカ?のものらしい糞がごろごろしていた。

オランダ組の二人とG氏は、巨大レーダーの足下をどんどん奥へ向かって歩いてゆく。ぼくとMはそれぞれ写真を撮るので、遅れがちだ。ぼくはモノを撮るが、Mは自撮り中心。彼女はあちこちでポーズをとっては撮影し、忙しそうである。オランダ組は、とにかくしょっちゅうG氏に何か質問している。熱心な若者である。

落下したアンテナの素子。これでひとの腰くらいの高さである。

レーダーの足下には、環状の鉄パイプで組んだ円筒形の素子が、錆びて落下し、ごろごろ転がっていた。壊れたパイプ椅子が大量に打ち捨てられているように見える。誰かが片づけるということもなく、成り行きのまま放置されているようにみえる。

山と積まれた落下アンテナ素子。

すでにかなり劣化しているこの巨大な構造物は、このまま放置しておけば、さらに劣化がすすむこと必至である。そして、どう見てもウクライナ軍は何か積極的な手立てをとっているようすではなかった。日本なら、いつ上から鉄パイプが落下してくるかわからないようなところを、なんの防護もなくのんびり歩いて見学するのは危険きわまりない、といって大騒ぎになりそうなものだ。それも一理あろうが、ある意味では、劣化が進むにまかせた現在のドガの見学方法のほうが、旧ソ連と冷戦期の負の遺産の意味を身をもって感じとることができるようにおもわれた。

歩きながらG氏はこう言った。「ふつう観光というときれいな場所を見せるのだろうけど、ウクライナでは廃虚とかゴミとか危険なものとか、そんなものばっかりだ」と。

その18へつづく。

制御室とアメリカ——チェルノブイリを見にゆく 18
チェルノブイリを見にゆく話その18。前回その17はこちら。レーダーの奥から裏手へまわりこむ。ドガの見学に来た二日目の朝。ドガは旧ソ連軍の大陸間弾道ミサイル早期警戒システムの一環として設置されたレーダー。いまは放置・......
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