出発はポルボウ駅
ベンヤミン・ルートのいちばんの難関は、山歩きではなく鉄道よ、とツーリストインフォメーションのおばさんは冗談めかして話していた。
ポルボウから国境を越えてフランスへ入り、バニュルス=シュル=メールまで、まずは鉄道で移動しなければならない。列車の乗り継ぎがよくないらしい。時刻表を確認し、0853ポルボウ発の列車に乗りなさいと言われた。これを逃すと、つぎは3時間後になる。
ポルボウ駅の切符売場の窓口のおじさんは親切だった。乗るべき列車の時刻を記した紙切れを見せると、プラットフォーム1だよと教えてくれた。切符の値段は、2.15ユーロ。ただし、フランス側の国境駅セルベールまでの一駅分だけ。その先の分はセルベールで買うようにとのことだった。
駅のすぐ脇に古い教会が建っていた。街のどこにいても、この教会の鐘の音が聞こえる。
鉄道でバニュルス=シュル=メールまで
間もなくバルセロナから来たセルベール行きが到着した。乗車して座席に腰かけていると、警官が乗ってきた。誰か探しているようだが、見つからないようだ。アラブ系の乗客が身分証明書をチェックされていた。ぼくはスルー。列車はやや遅れて発車した。国境のトンネルを抜け、5分でセルベールに着いた。
列車を降りて、いったん改札を出る。改札の前で警官が立ちはだかり、パスポートのチェック。ぼくはあっというまだったが、なにやら質問されているひとも多かった。旅行らしい若者も多かった。自転車を丸ごと列車に乗っけているカップルもいた。
降りたはいいが、この駅はすっかり寂れていた。係員の姿は皆無。窓口は閉まっている。この先の切符はどこで買えばいいのか。自販機らしいものがあったので、英語モードにしていじってみたが、何かのチケットだかバウチャーだかを持っていなければいけないらしい。そこへ、うしろから、見知らぬおばさんが何事かをぼくに尋ねる。もはや何語であるのかさえぼくにはわからなかったが、これで切符が買えるのかと訊いているらしかった。駄目らしいですと英語で答えた。相手が理解してくれたかどうかは不明。
仕方ないので、そのままホームに入ってしまうことにする。発車時刻からして、プラットフォームBに停まっているアビニヨン行きだろうと見当をつけて乗りこむ。乗車すると、目の前の座席に大きな犬が伏せていた。
列車は定刻に出発。数分でバニュルス=シュル=メール Banyuls-sur-merに到着した。
駅舎がぽつんとあるだけ。ここも無人駅のようだ。けっきょく、セルベールから先のぶんを精算できないまま来てしまった。
海沿いの観光地を抜け、鉄橋をくぐる
駅に降り立った。これからどうすればいいのだったか一瞬わからなくなってしまったが、駅前の道をまっすぐ海に向かって行けばいいのだと、すぐに思い出した。時刻は0940。
路肩にずらりと駐車された車なかに、シトロエン2CVの姿が見えた。ディフェンダーもいた。
途中で、道路掃除の車を見かけた。あとからおにいさんがホースを持ってついてきて、道路を洗っていた。写真を撮ったら、こちらを向いた。ぼくが手を上げたら、おにいさんもうれしそうに返事を返した。そう遠くない以前に、どこかの国で、まったく同じようなシチュエーションを経験したような気がしてならなかったが、思い出せなかった。
ゆっくり写真を撮りながら歩いて、10分ほどで海岸に出た。海岸は季節柄、大勢の海水浴客で賑わっていた。たっぷりと肉を身にまとったおばさんたちがごろごろしていた。道路沿いはテントが張られ、カフェが店を出していた。
ほどなくすると、右手に並木道が見えた。かなりの巨木。プラタナスだろうか。そこを入ってゆく。車の交通量も多い。並木を抜けると、川沿いに出る。とはいえ川は干上がり、車が走っている。季節によるのか、もう枯れてしまってまったく水は流れないのか。
しばらく行くと、鉄道橋がある。ツーリストインフォメーションでは「ピンクの鉄橋」と聞いていたが、古びたレンガ造であった。くぐってすぐ、左折。鉄橋のような、一車線だけの橋があり、車はそこを渡る。ひとはその横にかかっている鉄板が床板になった簡素な橋を渡る。短いものだ。
そして、街はずれへ
渡るとすぐに高台の瀟洒な住宅地へ入る。ピュイグ・デル・マス Puig del Mas である。歩道は狭く、車の往来が激しい。ここも人びとは車で移動する社会なのかもしれない。戸建とタウンハウスと駐車場からなる、まるでどこかの多摩ニュータウンのようだ。
ある庭先に、きれいに刈り込まれた生垣があった。よく見たら、ビニール製だった。
そのなかを抜け、集落のはずれまで来た。タウンハウスの脇から下へ降りられるはずなのだが、降り口が見つからない。とおもったら、路駐していた車の陰にあった。
市街地はここまで。この先は、ピレネーを越えてポルボウの街に入るまで、人家はない。庭先のようなところを抜けてゆく。例によって、犬の糞だらけ。