さんぽのしっぽの来歴 2

本稿(その1から4まで)は、先代・四代目「さんぽのしっぽ」公開に先だち、2014年6月に執筆されたものです。文中の「現在」は「2014年6月から7月ごろ」を意味します。その後2018年8月に当サイトは新環境へ移行してリニューアルしたため、文中の記述と整合しない箇所がありますが、当時の記録という意味で、そのまま掲載しています。ご了解ください。  2018年8月30日

子づれ旅を題材に選んだ理由は単純です。人様に語れるようなことが、ほかに何も思いつかなかったから。

そのころは、まとまった休みがとれると、わが家の小さな子どもたちをつれて、国内海外問わずあちこちへよく出かけていました。そのときの経験を写真とエッセイにまとめることなら、ぼくでもできるだろうと考えたわけです。世の多くのひとと同じように。

といっても、とりたてて人目を惹くような要素などあるはずもなく、ごく平凡な旅の記録にすぎません。冒険もなければ、物珍しい出来事もなく、実用情報満載でもない。ふだんの暮らしの延長としての旅、ないしは、やや大がかりな散歩としての旅。

それでも作者なりにあれこれ工夫して、たのしく運営していました。

それにまた、そのころから、何かを書くことが好きだったのでしょう。そして、写真などを添えてレイアウトすることも。

与那国島の久部良港。新聞配達中の地元の子どもたちと。

しかし、やがて子どもたちが成長して上の学校にあがるようになると、それまでのように家族で気軽に旅に出る機会は少なくなってゆきました。作者自身もだんだんと忙しくなり、いきおい運営は滞りがちとなりました。

それにまた、制作の手間もかなり繁雑なものでした。

当時カメラはまだフィルムが主流でした。ぼくが一眼レフでつかっていたのは、たいていはリバーサルです。旅から帰ってくると、まずフィルムをラボに出して現像してもらい、あがってきたポジを拡大鏡で確認しながら使用する写真を選び、それをフィルムスキャナーで読み込む必要があります。

ところが、そうまでして手間暇をかけたわりには、ぼくに手が出せるクラスの当時のフィルムスキャナーの性能は、お世辞にも質が高いとはいえないような代物でした。スキャンしてデータ化した写真は、絶望的に暗く、色調も乏しいものにしかなりませんでした。

記事のタイトル部分なども、ただテキストを打つだけでは、どうもしっくりきません。平野甲賀さんの下手な真似をして、FireworksやIllustratorで描き文字を自作していました。

こんな調子ですから、一篇の記事を完成させるための作業量は、雪だるま式にふくれあがってゆきます。愉しく凝っている分にはいいのですが、この時期にはもうくたびれてしまっており、時間的にも精神的にも、むしろ負担に感じられるようになってきていました。

そこで 2004 年、いったんサイトを閉鎖することにしました。当時のドメインはその後もしばらく保持していたのですが、再開のめどもたたないことから、数年して手放してしまいました。

メキシコ・カンクン沖の島は台風のため大浸水中。

いくつかの流転があり、そのなかで別にサイトやブログを立ちあげ、軌道に載せるべく腐心したりもしました。その間も、いずれ何らかの形でかつての旅のサイトを再開させたいという考えは、いつも頭の片隅をぼんやり漂っていました。

あれはたぶん、ひとりで散歩をしていたときのことではなかったかとおもいます。ふと「さんぽのしっぽ」というフレーズが頭に浮かびました。

音感というか、語呂だけで出てきたようなフレーズでした。何度か口のなかで唱えてみました。小さく声にだしてもみました。この言葉こそ、新サイトの名称としてぴったりなのではあるまいか。そんな気がしてきました。

この言葉に霊感を得たかのごとく、少しずつ新しいサイトの構想(というほどのものでもありませんが)を練りはじめました。そうして、再び旅のサイトとして具体的に形をとることになったのが、2009年開設の旧さんぽのしっぽ(二代目)です。

とはいえ、このときはまだ単純に、以前と同じような旅のサイトを再開したつもりでいました。じぶんにとって、どんなサイトが必要なのか、あまりよく考えていなかったのかもしれません。

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