チェルノブイリを見にゆく話その9。前回その8はこちら。
かつての共同住宅に入った。日本ふうにいえば、マンションというより、高度成長期の団地のような建物だ。モダンだが、簡素。エレベーターはない。階段を登ってゆく。
各フロアには鉄製の扉がならんでいる。扉はどれも、放射性物質が堆積しないように開け放たれている。部屋をのぞくと、ソファやテーブルがふつうに置かれている。家族の生活がこの場でなされていたのだろう。しかし、それが突如中断されたまま、30数年の時間が経過した。そのことを、積もりに積もった埃や、剥げた壁のペンキ、床に散乱した色褪せたぬいぐるみや食器類が物語っていた。
最上階の先にも階段がかかっていた。ここだけは梯子式の金属製だ。蹴込み板がないので、下が見える。ぼくのあとから階段に取りついたオレゴン娘のMは、高所恐怖症なのか、途中で足がすくんでしまった。ほんとは怖くないのに、かわいさを演出するためにわざとフリをする、というひともよくいるが、彼女はそういうタイプではなく、本気で怖かったようだった。手すりにつかまってゆっくり進めば大丈夫だと声をかける。すると、無意識のうちに、なのだろうか、きちんと三点確保の姿勢をとって、一歩ずつゆっくりと梯子を昇ってきた。
屋上へでた。雨は一時的にやんでいた。陸屋根の床面は波打ち、コンクリートの継ぎ目のアスファルトは腐食していた。ところどころ苔が生えていた。手すりはない。端によりすぎると危険だろう。
屋上からプリピャチの街の全容を臨むことができた。街はいまやほとんど森に呑み込まれつつある。その森の海からぽつんぽつんとコンクリートの四角い構造物が頭をもたげていた。
ウクライナは全般に平坦な地形で、このあたりも例外ではない。森は地平線までつづき、その上方には薄鈍色の雨雲がとぐろを巻いている。
その中間に、金属のかまぼこ状のドームがぽっかり浮かんでいた。先ほど見てきたばかりの、チェルノブイリ原発4号炉を覆うシェルターである。おもったよりは大きく見える。距離4km。
その10へつづく。