ゲディミナス城へ登る——晩秋のリトアニア駆け足旅 7

早朝のビリニュス旧市街を散歩した。旧市街を抜けてその北端まで来ると、そこには冬枯れの公園があり、その向こうにぽっこりと岩山があるのが見えた。

早朝のビリニュス旧市街を歩く——晩秋のリトアニア駆け足旅 6
晩秋のリトアニア駆け足旅のその6。「夜明けの門」近くのホテルから北へ向かって旧市街を歩いてみた。
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リトアニア人と英語

岩山のてっぺんにはレンガ色をした塔が建っていた。ゲディミナス城(ゲディミナス塔)である。

登り口らしきものが見えたので行ってみた。すると、一足先に来ていた若い男性が、フェンスの前の看板をしばらくながめてから、降りてきた。ぼくが英語で話しかけてみると、かれは、手真似と、ごく簡単な英単語で、ゲートが閉まっていて入ることができないという意味のことを、おそらくは答えてくれた。

リトアニアのひとにしてはめずらしく笑顔だったが、それはむしろ困惑を押し隠そうとしたような曖昧な笑顔であったように見えた。それで、あまり英語が得意ではないのだとわかった。

北欧のひとは全般に、ぼくなど及びもつかないほど流暢な英語を話すが、必ずしも全員ではない。せめて最初の挨拶くらいはリトアニアの言葉でするべきだったと反省した。

——それにしても、リトアニア語で「こんにちは」って何ていうんだろう?

あとで調べてみたところ、英語の “Hi” にあたるのが “Labas”(ラーバス)という言葉だという。「おはよう」なら “Labas rytas”(ラーバス・リータス)、「ありがとう」は “Aciu”(アチュー)。リトアニア語は、ヨーロッパ最古の言語のひとつなのだそうだ。
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ゲディミナス城への登り口を探して

かれが去ったあと、ぼくもゲートへいっていみた。たしかに閉鎖されていた。岩山の麓を右手にぐるりとまわって別のゲートから入れ、という意味のことが書かれていた。そこで、そのゲートを探すことにした。

フェンス囲いに沿って歩く。地面の上には、まるで敷き詰められたようにびっしりと、黄葉の落ち葉が折り重なっていた。

かつて売店だったらしき建物があった。

いまはつかわれていないように見えたが、それでもアメリカでしばしば見かけた廃屋のように、とことん荒廃したようすではなかった。あるいは、夏場の観光シーズンだけはオープンするのかもしれない。

岩山を左手に見ながら、東側の麓に沿って歩く。

ちいさな流れがあった。河岸にはやはり落ち葉が積もっていた。対岸には駐車場があり、キャンピング・トレーラーが何台も停車していた。発電機をまわす音も聞こえた。キャンプのためのスペースなのか、それとも工事関係者用なのか。

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ゲディミナス城の岩山を登る

岩山の東側の麓に出て少し歩くと、登り口のゲートがあった。

入場は無料。ゲートは毎日朝7時から夕方6時まで開いていると、三カ国語(英語と、おそらくはリトアニア語とロシア語)で記されていた。

入場した、岩山を登ってゆく。路面は舗装されているが、玉石のようなものを敷き詰めており、歩きにくい。傾斜もかなり急だ。

しばらく登ると、左手にレンガ造の古い建物跡が見えてきた。

かつてはこの岩山自体が砦となっており、ゲディミナス城とはその砦のことをさしたらしい。シーズンオフだったためか、修復工事がおこなわれている最中だった。

山頂部に達すると、あれまあ、ケーブルカーの駅舎があるではないか。

これをつかえば、楽に登ってくることができただろう。といっても、朝早かったためか、まだ運行していなかったのだけど。

駅舎から下をのぞきこむ。

かなりの傾斜角だということがわかるだろう。

ゲディミナス城の岩山は、比高100mもないのだろうとおもわれる。けっして高いわけではないが、まわりの地形は平坦で、そのなかにおへそのようにポツーンと飛びでているのがこの岩山だ。砦や城を築くにはうってつけの場所ではある。

その先に、いよいよゲディミナス塔が見えてきた。

その8へつづく

リトアニア 2018/10
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さんぽのしっぽ

長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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