ベンヤミンの歩いた稜線からポルボウへのルートの検討
下山開始。下りなので淡々としたものである。まず、さっき休憩した国境の稜線上の案内板のところまで戻る。ここでまた小休止。
ここからポルボウまでのルートは三本ある。ひとつは尾根沿いを海までゆくルート。下の写真の案内板でいうと、左手上が現在地(国境の稜線)で、そこから右方向に黄色で示されたルートがそれである。さっきのピークハントでもわかったとおり、眺望は最高だろう。だが、ここはベンヤミンが歩いたルートではない。
ふたつめは、ツーリストインフォメーションのおばさんが勧めてくれたルートだ。この稜線から林道づたいに、谷をぐるりとまわりこみながら下ってゆく。上の写真の案内板には明示されていないが、写真の下のほうを大きく迂回する恰好になる。距離は長いが道に迷う心配は少ない。
三番目は、現在地(国境の稜線)から谷へ向かって直接降りてゆくルートである。上の写真の案内板のなかでは、赤色で示されている。
案内板をよくよく見ながら、この三番目のルートを見つけたとき、ちょっと胸が躍った。おそらくベンヤミン一行もこちらのルートをとおったはずだからだ。そして、Portbouと記された標識もそちらを指している。よし、ここを歩くことにしよう。
ただし、GoogleEarthにもGoogleMapにも、この道は載っていない。
地図にない谷への道へわけいる
その道は、ピークへ向かうルートのすぐ右脇から始まっていた。入ってすぐに右へ折れる。ここには標識がある。
その先にも右折ポイントがある。だが、うっかり直進しそうになった(下の写真の箇所)。ここでも直感的に、このまますすむとルートをはずれそうな気がした。
あたりを見まわして地形を把握する。右手の直下に尾根がある。地形からして、道はおそらくこの尾根沿いを行くだろうと読む。すると、尾根上に案内板らしきものが見えた。そこをめざして歩くことにした。
灌木の疎林のなかを通り抜けてゆく。やはり眺めはなく、風もない。すでにバテ気味の身体にはつらい。ポルボウを示すラベルの巻きつけられた杭がたっていた。
ベンヤミンの案内板
やがて疎林のなかにたたずむ案内板に到達。ベンヤミンの引用が記されていた。案内板は、ここを含めて三つあるようだ。だいたい20分ほど歩くと、次の案内板に到達する。
ぐんぐんと下降する。砂と岩の地質のため、滑りやすい。バテているため、次の案内板までの20分間をとおして歩き続けることができず、途中で小休止を挟む。
二つめの案内板には『複製技術時代の芸術作品』からの引用が記されていた。
枯れ谷をトラバース
このあたりからは急下降ではなくなり、枯れた谷をトラバースしてゆくようになる。
やがて、荒れた林道に出た。案内がないので左右どちらに行けばいいか不明である。が、向こうのほうに案内板らしきものが見えた。そちらに向かう。林道に出て左である。すると、道路脇の石に赤くペイントしてあった。ルート上にはところどころ、ペイントや、木の幹に黄色いシールを貼って、ここが正しいルートであることを示していた。自然のなかであえて非自然的なものを挿入することで、意図を表現するし、ひとはそれを見て安心する。不思議なものである。
はたして三つめの案内板に遭遇した。そこには『歴史の概念について』からの引用が記されていた。
その先は、廃道化した林道を歩いてゆく。眼下にはダム。この水が、ポルボウの上水道を賄っているのだろうか。
やがて、整備された林道に出る。案内はとくにない。
下って行けばいいだろうと、直進する。ひたすら下降。暑いし、水は予備に残してあるひと口だけ。脱水症状になりかかりながら、なかなか出ない脚を前へ進める。背後を振り返ると、越えてきたピレネーの稜線が、屏風か衝立のように聳え立っている。
手持ちの水がなくなり、バテバテ
やがて谷の底に到達した。ゲートがあった。閉じられていた。が、ひとは問題なく通過できる。鉄砲にバツ印のつけられた標識。禁猟区なのか。
ゲートを通過してふりかえって撮影。奥にうつっているのが、ここまで下ってきた道だ。
ゲート脇には人家があった。ピュイグ・デル・マス以来の人家である。車も停まっていたが、人の気配なし。やや荒廃している感じがしたが、たんにシエスタの時間帯だったせいかもしれない。
その先で、大回りしてきた林道──最初の予定ではそこを歩いて来るはずだった道──に合流した。ポルボウまではこの林道をひたすら歩いて行くだけだ。あと2.5km。
しかし、手持ちの水がなく、もうバテバテである。いつのまにか晴れと太陽が戻っていた。道路脇の松の木の根元に、腰掛け用の切株があったので、そこにへたり込む。最後に残ったひと口分の水を飲む。
再び歩きはじめると、うしろから半裸のおじさんがあらわれ、追い抜いていった。仕事帰りらしかった。こちらのひとは、すぐに半裸になる。
右の脛のあたりがチクチクする。山を歩いているときからそうだった。灌木のあいだを抜けて行くとき、葉がとんがった草や木がたくさん生えていた。それらが脚にあたって痛いのだろうとおもっていた。しかし足元を見ると、ズボンに棘がたくさん刺さっていた。痛いわけだ。抜く。だいたい抜けたとおもう。指に刺さったりして、それも抜こうとしたが、目視できなかった。そのうち痛みはなくなった。
ひたすらポルボウまで
とぼとぼと林道を歩く。右手にフェンスで囲われた菜園があった。トマトやトウガラシのような作物が植えられていた。茶色い鶏が数羽放し飼いにされていた。フェンス際でのんびりしていたところに、ぼくが通りかかったものだから、あわてて逃げていった。
左手に立派な住宅があった。三菱のマークのついたエアコンの室外機が設置されていた。表にスクーターが、エンジンをかけっ放しのまま停められていた。
このあたりからは、ポツポツと人家らしき建物が現れるようになった。車も一台、町のほうからやってきた。
振り返ると、ピレネーの稜線は、逆光のなかにだいぶ遠ざかっていた。あそこを越えてきたのかと思うと、じぶん自身で驚くほど遠くに感じられた。
やがてポルボウの貨物駅の四角く青い覆いが眼前に現れた。そこに沿って歩いていく。右手の下のほうには、以前は川だったと思われる道路があった。半分は駐車場として使われている。
ポルボウの駅をくぐるトンネルに入る。ここを出ると、ポルボウの街だ。水が飲みたい。