北極海をめざして
フェアバンクスの街は大地にひらたく張りついていた。高層の建物はほとんど見あたらず、平屋の建物が、まるで州花ワスレナグサの群落のように、ひとところに身を寄せあっていた。
市内をゆっくりクルマで流すと、あっというまにひとまわりしてしまった。これでもアラスカ州第二の都市である。人口3万というから、首都圏だと神奈川県の葉山町(3.3万人)とほぼ同じ。ちいさな街であるわけだ。
ぼくはいま、このフェアバンクスから、北極海のほとりにあるプルドーベイ (Prudhoe Bay) という村までクルマで走ってゆこうとしている。
ダルトン・ハイウェイ
ルートは、こうだ。
まず、フェアバンクスを出発すると、しばらく北西へ向かう。ユーコン川をわたるとルートはほぼまっすぐ北へ転じる。北極圏に入り、なお北へ北へとすすむ。峠を越え、ツンドラをさらに北上する。そしてフェアバンクスから片道およそ500マイル(約800km)走破したところで、終点プルドーベイに到達する。
途中ほかに分岐はなく、一本道だ。だから帰りも同じ道を帰ってくるほかない。往復1000マイルである。
そのルートは「ダルトン・ハイウェイ (The James W. Dalton Highway)」とよばれている。正式には、アラスカ州道11号 (Alaska Route 11) である。正式な起点は、フェアバンクスからアラスカ州道2号、通称エリオット・ハイウェイ (Alaska Route 2; Elliott Highway) を80マイルほど北へいったところとされている。起点から終点までの公式の距離は414マイル(666km)だ。
ダルトン・ハイウェイの建設が始まったのは1974年のことだ。プルドーベイに油田が発見されたため、そこからヴァルディーズという港までパイプラインが建設されることになったのだ。それがトランス・アラスカ・パイプライン (Trans-Alaska Pipeline) で、1977年に完成する。ダルトン・ハイウェイは、このパイプライン建設のための道路として開削された。
ちなみに、名前の由来となったジェームズ・W・ダルトンという人物は、アラスカ生まれのエンジニア・技術コンサルタントで、アラスカにおける初期の石油探査で大きな役割をはたした人物なのだとか。
世界でもっとも過酷な道
ダルトン・ハイウェイは、北極線(北緯66度33分線)を越えて北極圏へ入り、陸路で北極海まで達する、アメリカ合衆国内で唯一の道路だ。つまり、終点のプルドーベイは、合衆国内において陸路で到達可能な最北端である。合衆国内の地理上の最北の街はバローだが、そこには道路も鉄道もつうじておらず、飛行機でしかゆくことができない。
ダルトン・ハイウェイの旅は、気楽なものではない。なにしろ「世界でもっとも過酷な道路」のひとつにあげられているほどだ。事前にざっと調べてみただけで、条件が厳しいことはあきらかだった。たとえば——
- 行程の大部分は未舗装路。
- 終点のプルドーベイを含め、ひとが住んでいる集落は3箇所のみ。
- 同じく、食事を提供するお店があるのも3箇所のみ。
- 同じく、給油が可能なのも3箇所のみ。
- ケータイはつうじない。
さらに、天候は不安定で、峠越えもある。故障や事故のさいのレスキューも期待できないものとおもわれる。日本でいえば、山の中の林道をえんえんと走りにゆくみたいなものだ。ただし、スケールは、その何十倍にもなる。
大きな問題はほかにもあった。一般のレンタカーでは走行が認められていないのだという。それじゃあ行くのは無理ではないか。
その2へつづく。