世界でもっとも過酷な道のひとつダルトン・ハイウェイを走破し、チェナ温泉に入ってさっぱりした。さて、このあとどうするか?
結論を先にいえば、この日は、フェアバンクスで車中泊をした。じつはアラスカ滞在中で宿に泊まったのはアンカレッジの一泊だけ。あとはずっと車中泊だった。そこで、アラスカの車中泊事情について記してみようとおもう。
本題に入る前に、最初にお断りしておきたい。本稿はあくまで個人的な経験を記したものであって、アラスカや米国での車中泊を推奨するものではない。
ぼくは日本でも数えきれないほど車中泊をしてきたが、その経験や常識は、異国ではしばしば通用しない。事情も状況も異なるのだから、当然だ。どこであれ米国内での車中泊は、日本のそれよりもはるかにリスクが高いと考えておいたほうがよいとおもう。
たとえば、治安状況だ。アラスカといえば一般に、ゆたかな大自然に包まれ、人口希薄ゆえ、ひとは素朴で平和なイメージがあるのではないだろうか。たしかに、一面ではそのとおりである。
しかし他方で、そうしたイメージとは裏腹に、少なくとも統計の上では、アラスカ州全体の治安状況はけっして良好とはいえない。犯罪率は全米平均よりも高く、近年増加傾向にある。
参考までに、2017年のものだが、アラスカ州政府の発行した犯罪リポートのリンクを紹介する(リンク先はPDF、英語)。
ふつうに観光で訪れると目にしにくい部分かもしれないが、たとえば州最大の都市アンカレッジで、にぎやかな表通りから一本裏道に入ってみたならば、少しは感じとることができるだろう。様相がガラッと変わる。
要因は複雑だ。地理的な条件、経済状況、格差や貧困、差別、銃の問題などが複合している。
そのような、いわば「負」の側面もまたその社会の一部であるのなら、それに触れ、そこから学ぶこともまた、旅の重要な要素のひとつであろう。旅するということは、じぶんの知らない社会のなかに一時的とはいえ身をおき、自己が属するのとは異なる文化をかいま見ることなのだから。
だが同時に、旅は命がけの「冒険」とはちがう。旅はあくまで旅である。そして旅の終着点とは、なにはともあれ、ぶじに帰ってくることである。
いくら社会の複雑さに触れることが大切とはいえ、それが現地の社会的文脈にあまりに無知なまま無防備・無邪気になされてしまうと、とらなくてもいいリスクまで過大に背負い込むことになりかねない。当人がそれと気づかぬままに。
そして誰であれ旅行者という存在は、その定義上、現地社会について圧倒的に無知である。それゆえに、無防備で無邪気にふるまいがちである。
であるからこそ、各自がよく情報を収集し、現地の状況を見きわめ、じぶんの責任において、できるかぎり慎重に判断し、行動するべきだろう。車中泊もまたしかり。
その2へつづく。