明石の晩ごはん —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 15

石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その15。復路は県道を歩いて明石まで帰ってきた。朝出発した砂浜の夕景をながめたあと、共同売店でオリオンビールを買った。

明石へ帰着 —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 14
石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その14。平久保崎からの復路は県道を歩き、いよいよ明石へ戻ってきた。
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宿の庭でビールを飲みながら

宿へ戻ったのは1800前だった。バックパックをおくため、いったん部屋に立ち寄った。

窓から宿の庭が見えた。あまり凝った庭ではない。あかるくひらけた草地のような広場があって、いくらか植え込みがあるだけだ。さっぱりして気持ちがいい。奥は畑で、おじさんがまだなにやら作業している姿が見えた。

そこで、買ってきたオリオンの缶を一本もって、庭へでてみることにした。

月桃とアロエ

外へでてみる。気温は18℃くらいあったとおもわれるが、夕方のためか、こちらが長袖Tシャツ一枚のせいか、だいぶ肌寒く感じられた。

庭の端に植えられていた月桃。分厚くて、繊維がしっかりしている。昼間のお弁当も、この葉っぱでくるんであった。あとでおばさんが教えてくれたところによると、この宿を建てる前、このあたりは一面月桃の森だったのだそうだ。

畑にアロエが植えられていた。アロエは、朝晩のごはんのときに、でてくる。緑の皮をべろりと剝くと、透明の実があらわれる。それをお刺身のようにして、山葵とお醤油でいただく。

庭の奥の隣地は畑だ。かなり段差がある。こちら側が、掘り下げられているのだ。向こう側は、はるか向こうまで一面サトウキビ畑だった。

庭の花たち

オフシーズンとてそれほど種類は多くなかったが、庭にいろんな花が植えられていた。

これはサンパチエンスだろうか。プランターに植えられていた。

ハイビスカスは、石垣島のみならず、沖縄のあちこちで見かける。

これはなんだろう? たぶん花の一種なのだろうとおもうが、見当がつかない。草本性というよりは、灌木になっていた。

のんびり花などながめていたら、1900がちかづいてきた。そろそろ晩ごはんの時間だ。

明石の晩ごはん

食堂というのか居間というのか、ともかく母屋の広間へいってみると、おじさんとおばさんが厨房にいて、晩ごはんの支度をしていた。それにしても、動きやすそうな厨房だ。

聞けば、今日の宿泊客はぼくだけだという。それで、さっきぼくが買ってきたオリオンビールの残りをぜんぶもってきて、三人で飲むことにした。

おばさんは「沖縄料理というより、家庭料理」と謙遜するが、ごはんはとてもおいしい。野菜がたっぷりだし。

今晩のメニューにはソーキそばもあった。これが石垣の味だとおもいながら、すすった。

ビールを飲んでいるうちに、おじさんはご機嫌になったのか、海岸づたいに平久保崎まで実際に歩くやつは、そうはいないぞ、とずいぶん褒めてくれた。おかげで、ケガした指先の痛みも忘れてしまった。

明石の歴史と現在

いろいろ話を聞く。おばさんは石垣島の出身で、おじさんのおかあさんも沖縄のひと。ながく本土で暮らしていたが、定年退職を機に、故郷へ帰ろうと決め、石垣島に戻り、明石で宿をひらいた。20年ちかく前のことだ。

明石は戦後、ほとんど道も何もないなかで開拓された土地だ。入植したひとたちの多くは、沖縄本島から来た。米軍基地がつくるため土地を強制的に接収されたりしたためだったという。いまは開拓されて畑になっている明石の周辺は、当初は森だった。道もなく、電気や水道もなかった。最初に入植したのは60数戸で、みな水盃を交わして、決死の覚悟で移住してきたのだそうだ。おばさんの出身地は石垣市のほうなので、明石にゆかりはなかった。ここに宿をひらくとき、集落の歴史の話を聞いて、宿ではお酒はださず、飲みたいひとは共同売店で買ってきてもらうことに決めたのだという。そうすれば、少しでも集落におかねが落ちるから。

46.明石(あかいし)集落

ぼくが訪れたときは、ちょうど辺野古に建設中の米軍基地にかんする県民投票を控えた時期だった。もう沖縄に基地はいらない、戦争に巻き込まれるのはまっぴらだという。

太平洋戦争末期の沖縄戦で、石垣島では直接の戦闘はなかったものの、派遣された軍人たちの無茶な命令によって、マラリアの猖獗する地域へ住民たちが強制移住させられ、多くの犠牲がでた(現在は八重山諸島にマラリアはない)。いわゆる「戦争マラリア」である。ぼくがその話を知ったのは、四半世紀も前、初めて波照間島へいったときのことだった。波照間のみならず石垣でも、同様の悲劇があったのだ。

とはいえ、島内にもいろいろな立場があるらしい。そういえば、夕方歩いているとき、自衛隊ミサイル基地誘致を推進しようという意味のことが大書された幟を見かけた。国際関係や政治の力学に、石垣島もまた揺れている。

その16へつづく。

さらば明石 —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 16 最終回
石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その16、最終回。砂浜で日の出をながめたあと、宿をチェックアウトし、バスで空港へ向かった。
石垣島 2019/01
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さんぽのしっぽ

長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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