明石へ帰着 —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 14

石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その14。東海岸づたいに歩いて平久保崎へ到達した。復路は県道206を歩いて帰ってきた。往路5時間、復路2時間。ようやく、朝出発した明石(あかいし)の集落が見えてきた。

復路は県道206を歩いて —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 13
石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その13。平久保崎からの復路は県道206をひたすら歩く。
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明石へたどり着く

最後の峠を越えたら、明石の集落が見えてきた。左手に太平洋、奥にトムル岳。ゆるやかな下りをとことこと歩いてゆく。

干し草ロールだろうか。赤字で「平野」とか「明石」と集落名が記されていた。収穫日の記録なのだろうか。

集落の入口近くに、こんな看板がたっていた。ということは、平野ビーチで見かけたパラグライダーおじさんは、ここのひとだったのかもしれない。いかにも観光客向けのアトラクションという感じだが、夏場はそれなりに人気があるのだろうか。ぼくは乗りもの好きではあるけれど、パラグライダーはたぶんもう一生乗らないだろう。

廃屋とバス

県道沿いに、こんな廃屋が残っていた。

以前は、ひとが住んでいたのではないかとおもわれた。明石の集落は、太平洋戦争後の入植者たちによって拓かれたそうだ。かれらの初期の家なのかもしれない。

バスがやってきた。伊原間方面から県道を走ってきて、いったん右折し、明石の集落へ入る。Uターンして戻り、また県道へ出ると、平野めざして走り去っていった。行き止まりの平野から、また折り返すのだろう。

明石の集落を抜けて

県道を折れて、明石の集落へ向かう。

右も左も牧草地。その先は、サトウキビ畑だ。社宅か公営住宅のような建物の軒先で、Tシャツ姿のおじさんが、スマートフォンをいじっていた。

道沿いにあった民家の作業場である。収穫したサトウキビを処理しているらしかった。

集落内は、静かで、人影はほとんどない。その集落を、ちょうど横断するようにして抜けると、突きあたりで、明石の浜への入口にでた。今朝ここから浜にでてから、8時間以上経過していた。

夕景の明石の浜

明石の浜にでてみた。今朝と変わらず、誰もなかった。朝は正面から射していた光が、いまは背後から照らしていた。

夕陽に朱色に照らされた浜には、波と風の音だけがおだやかに響いていた。珊瑚や貝殻、そして漂着した流木やゴミも、朝と同じままだった。

しばらくそのまま海をながめていた。シーズンオフの静かな明石の浜。ほんとうに、すばらしい。

公民館と共同売店

浜から戻る。こんな石碑を見つけた。「地の利は人の和に如かず」。開拓の歴史を踏まえた言葉なのだろう。

バス停まで戻ってきた。目の前に、グランドがあった。校舎らしき平屋の建物もあったが、いまはつかわれていないようだった。その並びに、公民館があった。

門衛としてエントランス脇に、ライオンの像がおかれていた。

きっと生徒たちの手づくりなのだろう。モルタルかなにかで造形したにちがいない。細身の胴体に、不釣合いなくらい巨大な頭部がのっかっている。口の中は赤く塗られていた。

その隣にあるのが共同売店。その名のとおり、集落のひとたちが共同で設けている売店だ。沖縄の離島ではよく見かける。ふつうの商売ベースではなかなか経営的にむずかしいためだろう。日用品から食品、お酒まで、なんでも売っている雑貨屋だが、上のような理由のためか、商売気はまるでない。

ここで、ビールをひとパック買う。もちろん、オリオンビールだ。それを片手にぶらさげて、宿へ戻った。

その15へつづく。

明石の晩ごはん —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 15
石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その15。ぶじに明石にたどり着き、オリオンビールをかかえて宿へ帰ってきた。しばらく庭でぼんやりしていたら、晩ごはんの時間となった。

石垣島 2019/01
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さんぽのしっぽ

長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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