マルセイバターサンドと晩成社——初積雪の十勝を走る 8

初積雪となった十勝をレンタカーで走る。帯広を出発したのち、十勝川河口、晩成温泉をへて、帯広空港まで戻ってきた。レンタカーを返却し、あとは復路便で帰るだけ、とおもっていたのだが……。

帯広空港へ向かう雪道——初積雪の十勝を走る 7
初積雪の十勝をレンタカーで走る旅その7。晩成温泉を出発して帯広空港まで走った。あたりは一面の雪野原。雪はますます烈しくなった。
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帯広空港ターミナル

トヨタレンタリースの女性係員が運転するバンで空港ターミナルへ戻ってきた。といってもレンタカー・ステーションはすぐ隣だから、5分もかからない。

出発便の案内ディスプレイを確認する。雪の影響を少し懸念していたが、とくに変わった情報はでていなかった。

問題なく飛んでくれそうなのかな、と、そのときはおもった。じっさい、JALのカウンターにいた職員も、こちらに向かってにこやかにお辞儀するばかりで、とくに何も言わなかった。

サクサクパイとマルセイバターサンドを買う

そこで、そのまま二階の出発ロビーへあがった。奥にあるお土産物屋コーナーのなかにある六花亭の支店に立ち寄った。買ったのは、帯広でしか入手できないというサクサクパイと、ぼくの大好物のひとつで北海道へ来たら必ず買うマルセイバターサンドである。

サクサクパイは、賞味時間3時間だと念を押された。羽田についてそのまま帰宅すれば大丈夫だろうと考えて購入した。ほどなく、見通しが甘かったことを思い知らされるのだが、それについては後述する。

「マルセイ」の由来とは?

ところで、マルセイバターサンドについては、意外な由来がある。先ほどまでいた晩成温泉と関係があるのだ。その鍵は、包装紙のデザインにある。下の写真を見てほしい。

丸印に「成」の字。そのマークが示しているとおり、「マルセイ」とは、明治期に十勝に入植して開拓事業にあたった依田勉三率いる「晩成社」が、初期に製造したバター「マルセイバタ」に由来するものだからだ。

十勝の開拓者「晩成社」

晩成温泉は大樹町晩成に立地するが、その「晩成」という地名も晩成社からとられたものである。晩成社のあった場所は、現在の晩成温泉からそれほど離れていない。ぼくは2013年の夏、その晩成社の跡地を見にいったことがある。そのときの写真を紹介したい。

晩成社の跡地への入口(2013年6月撮影)

場所は下の地図を参照してほしい。

晩成社の跡地は、道道から未舗装路を少し入った林のなかにあった。来訪者もあまり来ないような、静かな場所だった。ちいさな駐車場があり、サイロ跡や井戸跡、墓などとともに、ささやかな顕彰碑がたっていた。

晩成社跡地の駐車場(2013年6月撮影)
墓石(?)が3基ならぶ。写真中央が「祭牛の霊碑」、同右が佐藤米吉の墓、左は不明(2013年6月撮影)
室(むろ)の跡。室とは食料などの貯蔵庫のことだ(2013年6月撮影)

林を奥へ歩いてゆくと、依田勉三の当時の家が復元されていた。

復元された、依田勉三の家(2013年6月撮影)

依田の家はじつに質素、というか、率直に表現すれば、小屋とよんだほうがふさわしいような建物であった。厳冬期には零下20℃以下にまでさがる十勝の酷寒にどのようにして耐えたのか、ぼくには想像がつかない。

依田勉三の家を正面から。建坪は6坪で、中央に土間、右手に4畳、左手に風呂場と物置がある(2013年6月撮影)

依田ら晩成社がこの地に入植したのは1886(明治19)年。現地の説明板によれば、開墾は困難をきわめ、バター製造をはじめさまざまな事業を手がけたが、どれも成功しなかったという。依田はここに1915(大正4)年春まで住み、その後帯広にうつって1925(大正14)年に亡くなった。

依田が帯広に去ったあとの時期の晩成社のようすを示した地図(2013年6月撮影)

晩成社については、関連書籍も出版されているし、たとえばつぎのサイトなどにも詳しい。

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味覚が喚起する土地の記憶

芳名帳と、なぜか俳句の投稿をよびかける札(2013年6月撮影)

いっぽうで、つぎのようなことも考えあわせてよいとおもう。

明治期の北海道開拓事業を「開拓」と、いわば発展史観的にとらえるのは内地人の視点である。元から北海道に住んでいたアイヌのひとびとから見れば、それは土地の略奪と破壊の歴史であろう。北米における白人とネイティヴ・アメリカンの関係にも似ている。

歴史的にものごとを見るとは、ある特定の視点を安易に特権化・絶対化してしまうのではなく、多面的にとらえることだ。その意味で、歴史を語り、歴史を聞くという行為には、つねに割り切れなさと居心地の悪さとが、拭いがたく染みついている。

マルセイバターサンドが晩成社の「マルセイバタ」にちなんでいるのは、名称とパッケージのデザインだけらしい。それでも、マルセイバターサンドの素朴で濃厚な味はぼくたちに、十勝をめぐる先人たちの記憶を、味覚をとおして喚起しようとはたらきかけている。

その9へつづく。

飛行機が来ない――初積雪の十勝を走る 9
初積雪の十勝をレンタカーで走る旅その9。帯広空港で保安検査場を抜けて制限区域に入ったはいいが、雪のため到着便は着陸可能かどうか天候調査中だという。羽田に引き返すと決まれば搭乗予定の便は欠航になる。といって、ぼくたちにできることといえば、とりあえず着陸してくれるのを待つだけだ。
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