早朝のビリニュス旧市街を歩く——晩秋のリトアニア駆け足旅 6

「夜明けの門」近くのドムス・マリア・ホテルに泊まり、静かな一夜をすごした。

ドムス・マリア・ホテル——晩秋のリトアニア駆け足旅 5
晩秋のリトアニア駆け足旅のその5。ビリニュス旧市街、「夜明けの門」近くにあるドムス・マリア・ホテルは、元修道院だという趣のあるホテルだった。今回はその客室などを紹介する。

明けて翌日。朝食のあと、旧市街を北に向かって歩いてみることにした。

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琥珀の旧市街

夜明けの門から旧市街地をまっすぐ北へ貫く道にでた。昨晩の街は雨に濡れそぼっていたが、今朝にはあがっていた。しかし、晩秋という季節と高緯度ゆえか、全体に光量が少なくて薄暗く、気温のわりに空気は湿っていた。

お土産物屋のショーウインドウには、琥珀の装飾品が飾られていた。名産なのだろうか。

琥珀はポーランドの名産でもあるはずだ。それは、以前ミシガンのポーランド移民の街ハムトラムクの店で教わったことだった(そのときの話もいずれ公開する予定である)。

教会と石造りの旧市街

旧市街地は教会だらけである。歩いてゆくと、左右につぎからつぎへと教会があらわれる。宗派も建築様式も多様だ。

トルコ大使館を左手に見たその先は、広場のようになっている。そこを抜けてゆくと、左手に公園があった。その向かいに、こんなかわいらしい教会があった。

グーグルマップによれば、英語で Saint Parasceve Orthodox Church といって、ロシア正教の教会だという。

そのまわりも小さな広場になっており、観光客向けの露店がならんでいた。ぼくが行ったときは早朝だったので、すべて閉店中だったのだが。

さらに北へ進む。道はなだらかな下り傾斜である。北を流れるネリス川に向かってゆるやかに傾斜した地形であるためだ。

路面はこんなふうに、ピンコロ石を敷き詰めた舗装だ。クルマが通りかかると、ギュルギュルギュルとものすごい音がする。

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聖ヨハネ教会と旧ソ連的アパート

ビリニュスの旧市街は、ヨーロッパに残る旧市街のうちでもかなり大規模なものなのだという。

早朝ゆえ通勤のひとたちの姿もちらほらと見えたが、石造りの旧市街地とよくマッチしていた。上の写真の奥に写っている大きな建物は聖ヨハネ教会である。扉がベニア板で塞がれていたりして、手入れは必ずしも行き届いているようには見えなかったが、けっして荒廃しているわけではない。むしろ観光客向けというよりも、住民たちの信仰に深く根ざしているがゆえの姿なのだろう。下の写真は、教会の奥に付属する時計塔である。

教会の向かいには、今様にリノベーションされたカフェ兼ブックストアがあった。

こちらは旧ソ連的というか、共産主義時代に建てられたとおもわれるアパートも存在した。位置関係としては、聖ヨハネ教会よりやや手前(南側)に建っている。

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旧市街を抜けて

ヨーロッパの古い町がたいていそうであるように、この街の建物も通りに面して建てられており、その奥には中庭がある。だからところどころに、中庭へ抜けるためのゲートがつくられている。ゲートは鉄柵だ。このゲートのそれは、きれいに塗りわけられていた。

旧市街の北のはずれ近くに、レンガ造の古い建築が建っていた。Pilies Galerijaというギャラリーになっているようだった。

建物自体は古く、保存建物として登録されているのだろうか、それらしいプレートが貼られていた。

その先は交差点となっている。渡ると公園だ。木々の葉はすっかり落ちてしまっている。

そしてその向こうに、こんもりとしたちいさな丘があるのが見えた。丘の上には、さっきのギャラリーと同じようなレンガ造の塔が建っているのが見えた。

その7へつづく

リトアニア 2018/10
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長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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