海辺の放牧牛たち —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 6

石垣島の最北端・平久保崎をめざして東海岸づたいに歩く旅その6。前回は、明石の浜の北にある隆起珊瑚の岩場を乗り越えるさいに、指を切って怪我をした話だった。

満潮の岩場越えで苦闘 —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 5
石垣島の最北端である平久保崎をめざす徒歩旅その6。明石の浜の北のはずれまで歩いてくると岩場にでた。満潮と重なったため砂浜は消滅しており、この岩場を乗り越えることになった。しかし岩は隆起珊瑚で、素手ではとても手がかけられそうになかった。どうしようか?

時間はかかったが、指の怪我を除けば、ともかくぶじに岩場を乗り越えることができた。ふりかえると、いま通過してきたばかりの岩場ごしに、まだトムル岳が見えた。

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岩場の先はまた砂浜

岩場を乗り越えると、またあらたな砂浜があらわれた。

ここも砂浜づたいに、淡々と歩いてゆく。天候は曇り。ときどき雲間から陽が差しこんでくる。

見えるかぎりのどこにも人影はない。人工物も目に入らない。

と、そのときのことだった。

放牧牛あらわる

牛がいた。

前方左手の砂浜の上、ちいさな段丘上に、焦げ茶色の牛たちが数頭集まり、悠然と立っている姿を見つけたのだ。

放牧牛たちが立ち、ぼくのことを見ていた(赤枠内)

放牧牛だ。このあたり、山裾から海岸までは牧場となっており、牛たちが放し飼いされているのだ。

上の写真は、かなり遠くから撮ったもの。牛の姿が判別しにくいため、無粋かとはおもうが、赤枠でかれらの位置を示した。

牛と見つめあう浜辺

宿のおじさんの忠告をおもいだした。放牧の牛に出会ったら、ちょっかいをだしたりせず、やりすごせ。牛に頭突きされる事故が頻発している――。

なぜ東海岸? —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 3
石垣島の最北端である平久保崎まで徒歩でゆく旅その3。半島の道なき東側を海岸づたいひ歩いてゆく。でも最初はそんな予定ではまったくなかった。東海岸を歩くことができるのを知ったのは、石垣島の宿についてからだったからだ。

ちょっと緊張した。こんなところで牛に突かれても、誰も助けい来てはくれないだろう。

なるべくなんでもないようにして、そのまま波打ち際を歩いていった。

そんなぼくのようすを、牛たちはじっと見つめている。かれらが立っている正面を通り過ぎるときも、牛は身じろぎもせず、歩くぼくの姿を黙ってながめていた。

海をながめる牛

牛たちの場所をすぎてしばらく行き、ふりかえった。すると、一頭の牛が海岸の砂浜まで降りてきているのが見えた。

かれ、なのか、彼女なのかは知らないが、その一頭は波打ち際まで来て、石垣の風に吹かれながら、海をながめていた。その姿は、なかなか気高く、哲学的に見えた。

このあたりは、どうも人間の匂いは希薄だ。むしろ、かれら牛たちの世界のようだった。

牛は、とくにぼくの跡をついてくることもなさそうだった。ぶじに牛の集団をやりすごすことができ、安心と、少しの物足りなさの入り混じったような気持ちがした。

ともかく、このまま砂浜を北へ歩きつづけよう。

その7へつづく。

有刺鉄線の安良崎 —— 石垣島平久保半島東海岸を歩く 7
石垣島の最北端である平久保崎をめざして東海岸づたいに歩く旅その7。放牧牛の集団と別れたあと、安良崎へ達した。そこにはかつて500人ものひとが住んだ村があったというが、いまは誰もいない。安良崎には有刺鉄線で柵がつくられていた。

石垣島 2019/01
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さんぽのしっぽ

長谷川 一 明治学院大学 文学部 教授。博士(学際情報学)。専門はメディア論、メディア思想、文化社会学。散歩旅を愛好。メインブログ「散歩の思考」。

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