ワルシャワ・ショパン空港の乗り継ぎは要注意——晩秋のリトアニア駆け足旅 2

初めて利用したLOTポーランド航空。11時間ほどのフライトを終えて、乗継地のワルシャワに到着した。

LOTポーランド航空でワルシャワへ——晩秋のリトアニア駆け足旅 1
晩秋のリトアニアを駆け足で旅してきた。まずは東京からワルシャワまで、初めてLOTポーランド航空を利用した。
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ワルシャワ・ショパン空港での乗り継ぎ

ワルシャワ・フレデリック・ショパン空港はコンパクトで乗り継ぎに便利です——というのが事前の触れ込みだった。それは半分しか事実ではなかった。

たしかに、こじんまりした空港だった。滑走路からターミナルまでは近く、成田のようにタキシングするあいだ、えんえんと待たされるということはなかった。ターミナルも、一国の首都の空港としては、なるほど手頃なサイズだった。

そして、そこから、ポーランドへの入国者およびシェンゲン条約域内の他国への乗り継ぎ客は右手に折れて入国審査を受けよ、ということも、機内でビデオを見て予習しておいたとおりだった。そこまでは、いい。

問題はその先である。長蛇の列ができていたのだ。

入国審査への長い行列

列は二つあり、所持するパスポートがEU圏の内か外かで区別されていた。ぼくたちはとうぜん後者、すなわちすべてのパスポート、という列にならぶ必要ある。そして、長い行列ができていたのも、そちらのほうだった。

無理もなかった。入国審査窓口の数が限られているうえに、審査のスピードもけっして迅速とはいえない。そこへきて、到着便が重なったのか、一度に大勢の乗り継ぎ客が集中したのだ。タイミングがわるかったのだろうか。

列は幾重にも折りたたまれ、なかなかすすまない。

隣にあったEU圏内パスポート所持者用の列は、しばらくすると、がら空きになってしまった。すると警備員のような出で立ちのひとがやって来て、日本人団体客をそちらに誘導していった。かれらよりは前の位置にならんでいたぼくたち個人客は、どやどやと追い越してゆく団体客のようすを唖然と眺めていた。

ぼくのすぐ後ろには、プラハの大学へ交換留学にいくという大学生がいた。彼女いわく、どうせ区別なんかつかないのだから、列からはずれて、さっきの団体さんについていきましょうなどという。そうしようか、などと言っているうちに、ぼくたちの直前にいたトルコのスポーツチームの集団がまとめて同じ窓口へ移動していった。そのおかげで、ぼくたちの順番がやってきた。

審査はすぐにすんだ。女性の入国審査官は、やはりニコリともせず、なぜかパスポートのいちばん後ろのページにスタンプを押した。

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さらに手荷物検査の行列にもならぶ

入国審査を抜けても、まだ安心はできない。乗継ゲートへゆくためには、あらためて手荷物検査を受けなければならないのだのが、その手前に、またあらたな行列ができているのが見えたのだ。手荷物検査レーンが2つしかないため、渋滞しているのだった。

ぼくがそちらの行列に向かって歩いていると、先をよちよち歩いていた日本人のおばさんが、出口はどちらかしら? と訊ねてきた。初めての空港なので、ぼくもよくわからない。ふと見ると、天井からぶらさがった案内板に出口と記してあった。そちらへゆくといいのではないでしょうか、と答えた。

おばさんを見送りつつ、行列の末尾にならんだ。進みは遅く、時間は刻々とすぎてゆく。

スケジュール上は乗継時間は1時間50分確保されていた。到着はほぼ定時だったが、ここまでですでに一時間経過していた。まにあうのか。ぼくのすぐうしろには、日本人団体客を引率した添乗員さんがいたが、彼女もしきりと時計を見ていた。

ようやく検査レーンに辿り着いた。係員の男性は陽気で、ひとりひとりに、こんにちはと英語で声をかけて挨拶をしていた。

これらの関門を突破して、ようやく乗り継ぎ便のゲートに到着したときには、搭乗開始予定時刻の15分前だった。

ビリニュス行きはボンバルディアCRJ-900

ゲートからバスに揺られて沖止めの飛行機に搭乗した。ボンバルディアCRJ-900。この機種に乗るのは、たぶん初めだ。ボーディングブリッジはおろか、階段車さえもつかえないほどの小ぶりな飛行機である。縦に開くハッチの裏側にとりつけられたタラップをつかって乗降する。

機内持ち込みサイズのスーツケースは、タラップを昇る手前におかれたカートにあずける(写真参照)。すると係員がそれを貨物室に手作業で積み替える。到着地で受けとるときはこの逆で、タラップを降りて降機したら、その場でスーツケースをピックアップする。

客室は中央に通路一本のナローボディで、左右に2席ずつ。『ムーミン』のミムラ姉さんのようなタマネギ状の髪型をしたCAの女性は、黒い襟巻きのようなものをして、搭乗口の脇に立ち、寒そうに首をすくめていた。

着席すると、隣の東洋人女性から、××先生ですか? と日本語で声をかけられた。

あいにくぼくはその××先生ではなかったのだが、訊けば、日本に留学中の韓国人大学院生だという。ぼくとは異なる専門分野の、ぼくが参加するのとは別の学会が、たまたま同期間にビリニュスでひらかれているのだという。

フライト時間は1時間ほど。機中のサービスは飲み物だけ。紅茶をたのんだ。

やがて、ビリニュス市街の明かりが見えてきた。

その3へつづく