石垣島の最北端・平久保崎をめざして東海岸づたいに歩く旅その6。前回は、明石の浜の北にある隆起珊瑚の岩場を乗り越えるさいに、指を切って怪我をした話だった。
時間はかかったが、指の怪我を除けば、ともかくぶじに岩場を乗り越えることができた。ふりかえると、いま通過してきたばかりの岩場ごしに、まだトムル岳が見えた。
岩場の先はまた砂浜
岩場を乗り越えると、またあらたな砂浜があらわれた。
ここも砂浜づたいに、淡々と歩いてゆく。天候は曇り。ときどき雲間から陽が差しこんでくる。
見えるかぎりのどこにも人影はない。人工物も目に入らない。
と、そのときのことだった。
放牧牛あらわる
牛がいた。
前方左手の砂浜の上、ちいさな段丘上に、焦げ茶色の牛たちが数頭集まり、悠然と立っている姿を見つけたのだ。
放牧牛だ。このあたり、山裾から海岸までは牧場となっており、牛たちが放し飼いされているのだ。
上の写真は、かなり遠くから撮ったもの。牛の姿が判別しにくいため、無粋かとはおもうが、赤枠でかれらの位置を示した。
牛と見つめあう浜辺
宿のおじさんの忠告をおもいだした。放牧の牛に出会ったら、ちょっかいをだしたりせず、やりすごせ。牛に頭突きされる事故が頻発している――。
ちょっと緊張した。こんなところで牛に突かれても、誰も助けい来てはくれないだろう。
なるべくなんでもないようにして、そのまま波打ち際を歩いていった。
そんなぼくのようすを、牛たちはじっと見つめている。かれらが立っている正面を通り過ぎるときも、牛は身じろぎもせず、歩くぼくの姿を黙ってながめていた。
海をながめる牛
牛たちの場所をすぎてしばらく行き、ふりかえった。すると、一頭の牛が海岸の砂浜まで降りてきているのが見えた。
かれ、なのか、彼女なのかは知らないが、その一頭は波打ち際まで来て、石垣の風に吹かれながら、海をながめていた。その姿は、なかなか気高く、哲学的に見えた。
このあたりは、どうも人間の匂いは希薄だ。むしろ、かれら牛たちの世界のようだった。
牛は、とくにぼくの跡をついてくることもなさそうだった。ぶじに牛の集団をやりすごすことができ、安心と、少しの物足りなさの入り混じったような気持ちがした。
ともかく、このまま砂浜を北へ歩きつづけよう。
その7へつづく。